第六九話「新造船はお披露目されたが、すぐに役目を終えた」
トールさんから受けた依頼の魔石は三日後に完成し、すぐに新造船の試運転が行われた。
仮の貨物として積まれたレンガの荷重は期待通りに軽量化され、新造船の目玉の機能として発表されることとなった。
その九日後にはお披露目の式典が執り行われる事となり、こうして、招待された俺とレーネの二人は港を訪れている訳である。ベルは留守番兼修行中で、妹たちは冒険者として出張中だ。
「流石に大型船では無くとも、大幅に機能面を向上させた中型船と言うことで注目が集まっているな」
「そうですね」
今回は中型船ではあるが、大陸の北と東との交易、それだけではなく西の未開地への探索に利用される大型船の建造に向けた試作型である。この新造船の運用が上手く行けば大型船への着手となり、海の要衝として再びザルツシュタットが日の目を見ることになるだろう。
それにしても……ここのところレーネの様子がおかしい。いや、仕事はきちんとやってくれるんだが……心ここに在らずと言った雰囲気で時折ふらっと出掛けてしまうことがあるのだ。今日も、何処か虚ろな瞳で船をぼうっと見ながら俺に相槌を続けるだけという有様だ。
「やあお二人とも。今回はお手柄だったね」
先程まで領主として祝辞を述べられていたライヒナー候が、のんびりと船を眺めていた俺たちの元へいらっしゃった。
「ライヒナー候、こんにちは。お招き頂きありがとうございます」
「ありがとうございます」
心配していたレーネだが、きちんと挨拶をしてくれた。その仕草も何処かたどたどしいものではあったが。
「いやいや、新造船の立役者のお二人を呼ばない訳にはいかないよ。〈軽重の魔石〉だったっけ? あれのお陰で船の荷重が四八%も軽量化されたとか」
「逆に運用も注意しなくてはいけなくなりましたけどね」
そう言って苦笑する俺。確かに〈軽重の魔石〉のお陰で船は軽くなったのだが、軽くなりすぎた。積み荷が無い状態だと元の半分の重さしか無くなり船が横転しかねない訳で、逆にバラストという重しを追加する必要が出てきたのだ。
今回は急遽砂をバラストとして使用しているが、今後大型船を建造する際には海水を利用して簡単に船への注入と排出が行えるような仕組みを取り入れるそうだ。
「ああ、そうそう。商工ギルドから聞いたのだけれど、君たちは今借りている物件を買い上げたいと希望しているとか」
「はい、付与術、錬金術の生産ラインを増やす為に色々器材などを置きたいのですが、賃貸物件では出来ませんのでそういった話になりました。それにしてもお耳が早いですね」
「そりゃ、領主をやっているからねぇ。一応、君たちの住んでいる土地も私が所有していることになっているのさ」
あはは、と眉尻を下げて笑うライヒナー候。それもそうか、俺たちの住んでいる土地は商工ギルドから借りているけれども、それは代理に過ぎない。大元は領主であるライヒナー候の所有物だ。
「本音を言えば君たちの買い上げに協力してあげたい所ではあるけど、領主としての立場もあるからね。無いとは思うけど、もし商工ギルドから余りにも不当な金額を請求された時には何時でも言ってくれ」
「ありがとうございます。そのお心遣いだけでも嬉しいです」
何処にでも居る悪徳領主ならば平気で不公平な口利きをするのだろうが、ライヒナー候はそうでは無い。でも本当に周りとの不和などを考えればこのように公平な扱いをしてくれる方が有難いものだ。
「お、いよいよ出港するらしい。ではまたゆっくり館ででも。その時には――」
港を一瞥してから、ライヒナー候は俺たちへと顔を近づける。内緒話というと、アレだろうな。
「……スタンピードの話も、しないといけないね」
「……そうですね」
カッテル村のことを報告して以来、ホフマン公爵閣下からは音沙汰が無い。しかしながらこうしてライヒナー候から促されたということは、話は良くない方向へ向かっているのだろう。
ライヒナー候は「じゃあね」と言って船の方へと去って行った。結局、レーネは最初の挨拶以来喋らなかったな。今もぼうっとライヒナー候を目で追っているだけで――
「おい、あれは何だ?」
そんな声が上がり、俺はそちらの方へと視線を向けると、桟橋に居る船員の一人が船の舳先を指さしていた。
「……あれはッ!」
俺が叫ぶのも無理は無く、新造船の舳先の上では、悠然と金色の触手が蠢いていたのだ。触手はゆっくりとだが舳先に巻き付き、ここからでも分かるくらいにミシミシという音を立て始めた。
あれは間違い無くフェロンが操っていた触手と同じだ。ということは――
「邪術師が居る……?」
触手に船の舳先をへし折られ、港はすぐにパニックへと陥っていた。即座にライヒナー候が先頭に立ち避難の指示を始めたのは流石と言えよう。
「レーネ、俺たちは船に……レーネ?」
呼び掛けたが、隣に居た筈のレーネが居ない。
いや、居た。ふらふらとおぼつかない足取りで、船とは逆方向へと向かっている。
「……幾ら何でも、おかしいな」
この様子から言って、レーネは何者かの影響を受けている。船に向かうか、レーネの後を追うか、どちらにするかを一瞬迷ったが――
「これは、誘われてるんだろうな。いいだろう。乗ってやる」
腹を括った俺も船から背を向け、レーネの後を追って歩き出したのだった。
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