第六八話「幕間:レーネの闇」
※レーネ視点です。
「はぁ…………」
畑に向かう振りをして出てきた私は、一人森の入口で大木の幹に寄りかかり、溜息を吐いていた。
「師匠と弟子、かぁ……」
まさかリュージさんがベルを弟子に採るなんて思わなかった。いえ、弟子を採ること自体は別に構わないのだけれど――
「なんだろう、私。そんなにリュージさんのことが気になってたのかな」
今まではそんなことを気にしたつもりなんて無かったのに、ベルが来てから明らかに彼女のことを『邪魔者』と思い始めている。そんなこと、考えてはいけないのに。
この感情は嫉妬なのだろうか。だとしたら、そんな醜い感情が眠っていたことに少しだけ納得したような気がする。
だって、私は、既に壊れているのだから。
「でも、表向きは仲良くしないと。今後、生産体制の見直しをするのだったら職人さんだって増えていくんだろうし」
「あら、自分に嘘を吐いてまで取り繕う必要があるの?」
「えっ……?」
何時からそこに居たのだろうか。炎のような長い朱色の髪の美女が、私の目の前に立っていた。大きく肌を露わにした薄手の服は秋口には寒そうだけれども、全く意に介していないように悠然と佇んでいる。
でも、なんだろうこの人。凄く嫌な感じがする。
まるで、お姉ちゃんみたいに――
「初めまして、エルフのお嬢さん。お困りのようでしたので、助言に来たわ」
美女はひらひらと手を振り、そんなことを嘯いてみせた。子供でも分かる胡散臭さと共に。
「……どちら様、ですか?」
エルフである私に気取られず近付くなんて、明らかに不自然だ。それに、この人の気配は何処かで検知した覚えがある。
果たして、何処でだったろうか――
「あらあら、まあ。そんなに警戒しないで頂戴。私は貴女に、あの男を落とす算段を伝えに来たのだから」
「……何を、言っているのか、分かりません」
胡散臭い美女が薄ら笑いを浮かべながら投げかけてきた言葉に、私は喉がひりつく思いで言葉を絞り出した。にじり寄ってくる彼女を避けようにも、背中には大木の幹。生気の無い白い右手が、私の顎に掛かる。酷く冷たい感触がした。
「オーブを使いなさい。持っているんでしょう?」
「なっ!?」
オーブ、と言ったらあのカッテル村から持ち出したオーブに他ならない。何故この女性が知っているのか。
「何故知っているかって? あのオーブは私が仕掛けたのですもの。持ち出されて迷惑しておりましたが、貴女が持っていればそれはそれで有効活用出来ますし、こうして姿を現した訳ですわ」
まるで女性は私の胸の内を読んだかのように、小さく、けれどもはっきりとした声でそう告げた。
オーブを、仕掛けた。
……ということは、この女性は邪術師で間違い無い。
「……思い出しました、貴女の気配。あの邪樹と一緒に居た……いえ、あの邪樹を生み出した邪術師ですね」
「ご名答よ、若いエルフのお嬢さん」
睨み付ける私の視線など何処吹く風で、ククク、と喉の奥で含み笑いを上げる女性は、私の顎に掛けていた右手をそのまま下へスライドさせ、胸の中心で止めた。まるで「何時でも殺せますよ」と言っているかのように。
でも、そうしないのは……きっと、何かの利用価値があると言う事なのだろう。先程言っていたオーブの有効活用と言うのがそうなのだろうか。
「オーブをどう使うのかは分かりませんが、私が、素直に従うと思っているんですか?」
恐らく、この人は魔晶を使ってあの魔物を生み出すことが出来る。
でも、既に魔晶については対抗手段を準備してあるのだ。例えここであの針を刺されたとしても大丈夫……な、筈。
「あら、随分と強気ね。でも、貴女は従うわ、絶対に」
面白い物を見たかのように美しい目を見開いてからそう告げると、女性はくるりと踵を返して森の奥へと歩き始める。
「私はアデリナ。フェロンと双璧を為す邪術師。まああの子はもう死んじゃったけどね、貴女たちの所為で」
アデリナと言う女性は、少しだけ顔をこちらへ向けて、再び小さく笑った。
「私たちは心に闇を抱えた者たちの前に現れる『救い』よ。また逢いましょう、お嬢さん」
それはまるで囁きのようだったのに、脳に直接響くような声だった。そのままアデリナは、森の中へ溶けるように消えて行った。
「………………」
残されたのは沈黙。
まるで最初から何も無かったかのように、森は静まり返っていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




