第六七話「想いは(暑苦しい)次代に受け継がれる」
商工ギルドからの依頼を受け、午後、俺はレーネから貨物軽量化の方法について説明を受けていた。どちらかと言うと今回の肝は付与術なのだが、既にその辺りの理論を理解しているレーネは本当に天才と言えるだろう。
「なるほどなぁ……、触媒を錬金術で合成して作成か。それなら今回の要件を容易に満たせるだけでなく、今後未知の魔石を創り出すことも不可能じゃないな」
「はい、普段リュージさんは触媒に有り物の素材を使っていらっしゃいますが、それを錬金術で創り出せば代替することが出来ると思います。仰る通り、未知の魔石も夢では無いかと」
「なら出力はどうだ? そこも錬金術の応用で補うことは?」
「それは……難しいかと。まずは大出力を可能とする為にエネルギーの容量を増やさなければなりません。そこはもしかしたら空間魔術で魔石の内部に別次元の空間を作り出せれば実現出来るかも知れませんが……」
「問題は、容量を増やした所で『通常よりも蓄エネルギー量を増加させる』方法が無いことだよな。幾ら大きなバケツを構えていても、降ってくる水の量が少なければ溜まる速度は同じ――ん? ベル、どうした?」
俺とレーネが大激論を交わしていると、ベルがぐわんぐわんと頭を回し始めた。瞳が渦を巻いている。
「お、お二人が何を喋っているのか、わかんないッス……」
おっと、ベルには難しすぎる話題だったか。そりゃ今日付与術を始めた者には些か難しすぎるよな。
「ちょっと休憩しましょうか。お茶淹れますね」
「ああ、頼む。器はビーカーとフラスコ以外でな」
苦笑したレーネがお茶を淹れに立ち上がったので、俺は知恵熱でぐったりしているベルを仰いでやった。
「うぅ……、一流の付与術師になるなら、あの位の会話は出来ないといけないんスね……」
「年季が違う、年季が。まあ、語れるようになるまでは面倒見てやるがな」
「へへっ、よろしくお願いするッスよ! ……何処に居てもはみ出し者だったあたしを拾ってくれた恩、必ず返してみせるッス!」
すぐに元気になったベルは、拳を握り締めて意気込みに気炎を上げた。
もしかするとベルには付与術の才能が無いかも知れない。でも、そうだとしても一流の宝石職人として生きていけるよう仕込んでおきたい所だ。
「『先生』もこんな気分だったのかね」
俺はふとそんな思いに駆られて呟いていた。成長した自分が弟子を採って物を教える立場になろうとは、つい先日までは思いもしなかった。
「『先生』って、師匠の師匠ッスよね? そのお方も付与術師だったんスか?」
ベルが興味津々とばかりに『先生』のことを尋ねてきた。ちなみに俺のことは師匠と呼ぶことに決めたらしい。
「いや、『先生』の明確な職業は、実は俺もよく知らないんだよ。魔術は使っていたが、『私の専門は魔術師ではありません』と否定されたしな。でも、とにかく他人の適性を見抜くことに優れた人だった。このデカい図体の適正が付与術師だなんて誰が思うよ?」
「そうッスよねぇ……、この間は邪樹を蹴りで粉砕してたッスもんねぇ……」
それは忘れろ。
「まあ、それ以外にも只のガキ共だった俺たち兄妹に生き方というものを色々と教えてくれた人だ。今何処で何をしているのか分からんが、こうして結果としてベルの今後を支えてやることが出来るようになったし、『先生』には感謝してもしきれない」
「し、師匠……」
感極まったように涙を溜めたベルは、両袖で両目を拭い、そしてがしっと俺の両手を掴んだ。
「師匠! あたしはやるッス! 師匠を超えるつもりで修行に励むッスよ!」
「お、おう」
「さあ! あの夕陽に向かってダッシュするッスよ!」
「屋内だから見えねえよ。て言うか、俺も走るのかよ」
強引に腕を組まれて訳の分からないことを言われ呆れるしか無い俺。意気込みは分かるんだが、どうもこの猫人は極端な所があるなぁ。
「と、遅いな、レーネ。何処まで茶を淹れに行ったんだ?」
「そうッスねぇ……? さっき玄関が開く音がしたッスけど、お茶っ葉採りに行ったんじゃないッスか?」
「あー、それはあるかもな」
ウチの目の前には、〈ペウレの魔石〉の力により一日で作物が生る畑がある。そこでお茶っ葉を摘んでいるのかも知れないし、ラナとレナに話しかけられて談笑しているかも知れない。
まあ休憩時間だし、深く考えないことにしよう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!