第六二話「逃亡の先に待ち伏せていたものは」
ベルの案内で向かった東側の裏道にも村人は待ち伏せていたものの、人数がまばらであったため、姿隠しを掛けた上で通り抜けることが出来た。
そのまま暫く進んだ後、レーネに術を解いて貰う。彼女には随分と無理をさせてしまったな。
「レーネ、お疲れ。魔力は大丈夫か?」
「ありがとうございます。そうですね、あまり魔力に余裕はありません」
そう返したレーネの顔には、疲労の色が濃い。まあ、そりゃそうだろうな。ほぼずっと魔術を掛けっぱなしだ。姿隠しは光の精霊の力を借りて行使するらしいが、そもそも精霊とのコネクションを維持するにはかなりの魔力が必要となるのだそうだ。途中で魔力切れを起こさなくて良かったよ。
「リュージ兄、そろそろ夕方だから野営の準備しないとだよね」
「ああ、野営の場所を決めないとな――って、どうした、ベル」
警戒しながら先導するミノリに答えようとした所で、ベルが青い顔でぶんぶんとかぶりを振っていることに気付いた。何かあったのだろうか?
「リュージさん、東の森は危険ッス。多少無理をしてでも、南の平原に抜けた方がいいッスよ」
そう言われて気が付いた。そう言えばここは魔物が活性化しているという森だったか。もしかして、「まさかこちらから抜けることは無いだろう」という考えで手薄だったのだろうか?
「あたしが肩を怪我したのもこの森だったんスよ。村では『鬼の森』だなんて呼ばれているらしいんスけど、旅の途中で知らず迷い込んだ時に、ゴブリンにやられたッス」
「ゴブリンか。よく怪我だけで済んだな」
「たまたま一匹だけだったッスから、怪我はしながらも倒すことは出来たッスよ」
女であるベルがゴブリンに捕まりでもすれば、死よりも屈辱的なことが待っている。ただの狩人である彼女が倒せたのは幸運と言って良いだろう。
しかしゴブリンか。夜行性である奴等はそろそろ起き始める時間だ。この辺りに奴等の巣があるのだとすれば、ベルの言う通りに南へ抜けた方が良いかも知れない。ベルン鉱山では狭い道でレーネと各個撃破出来たが、ここは四方が開けている上に護らなければならないベルも居る。数だけは多いゴブリンは、時に手練れの冒険者すら殺すのだ。
「と言う訳だ、ミノリ、南に針路を」
「了解、南ね。スズ、探知魔術よろしく」
「ん、わかった、ミノリ姉」
慣れた様子でミノリとスズが警戒を緩めずに南へ舵を取る。このまま何も無く抜けられりゃいいんだが。
「ミノリ、止まって」
最初に異変を嗅ぎ取ったのは、やはりレーネだった。こういう時、エルフの超聴覚というのは羨ましくなる。
「何か居るのか?」
「はい、南の方に。何が居るのかまでは分かりませんが……あれ?」
長い耳を澄ませていたレーネが、突如首を傾げる。よく見れば、探知魔術を展開しているスズも同じような反応をしているな。
「二つの物音がしていたのに、片方は南側へ去って行った……?」
「ん、スズも探知で同じ様子を捉えた。巣へ応援を呼びに行った?」
「でも、この先はもうすぐ平原だよ?」
レーネとスズは行く手で起こっている何事かに二人で唸っている。確かに、片方の反応が去って行ったというのは気になるが――
「この先に何かが待ち受けている、というのは間違いないんだろ? ミノリ、慎重に近付いてくれ」
「うん、分かった、リュージ兄」
俺の言葉に頷くと、ミノリは二振りの魔剣、〈ペイル〉と〈ヤーダ〉を抜き放ち、前方に気を配りながら慎重に歩みを進めて行った。俺を殿として皆もそれに続く。
一〇〇メートル程進んだだろうか。未だ何者かの影は見えないが、皆で警戒を解かずに周囲を見回している。
「この辺りなんですが……」
レーネが対象の詳細な位置を掴もうと耳を澄ませつつ、そう呟く。彼女の耳にも掛からないということは、何者かは息を潜めているのだろうか?
「……何も居ないように見えるけど、レーネが音を察知してたんなら居る筈だよね。スズ、探知魔術ではどう?」
「ん、間違い無く近くに居る。そっちの方」
スズが杖で指した方向には全長三メートル程の短く太い樹。樹上で待ち構えていないか見上げてみたが、何処にも何者も見当たらない。
「木の陰に隠れてるッスか?」
「その可能性も……いや、まさか……?」
ベルの意見を受け入れかけた時に、俺はそれ自体に違和感を覚えた。
何故その樹だけ、風に揺られていないのか。
「近付いて見てみる?」
「ん、気を付けて。反応消えてない」
妹たちは気付いていない。これが罠だということに。探知魔術と「ゴブリンが居る」という先入観に騙されているのだ。
「ミノリ! その樹だ! そいつは魔物だ!」
「へ? きゃあ!」
俺の声に反応したかのように、樹の一番太い枝がしなり、大きく振り下ろされた。悲鳴を上げながらも既の所でミノリが魔剣を交差させて受け止める。
「な……なんスか、これ……?」
擬態を解いたのか金色に染まって行く邪樹の姿に、ベルは呆けたような声を上げていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!