第六一話「追及、そして俺たちは逃亡する」
※最後、§以降は三人称視点です。
蔵には鍵が掛けられていたが、難なく俺が解錠してしまった。ベルから「付与術師じゃなくて盗賊だったんスか?」と白い目で見られたが気にしない。
扉は重く開くことに難があったが、〈豪腕の魔石〉を持っている俺の相手ではなかった。何時家人が戻ってくるかも分からないので早く家捜ししなくては。
「これはこれは……」
扉を開けた先に待っていたのは――村の周辺で見た、あのあからさまに怪しげな祭壇だった。もうちょっとこう、隠すとかしていると思ったんだが。
「レーネ、間違い無いか?」
「はい、邪神アブネラに力を捧げる祭壇です。間違いありません」
何故レーネがそんなことを知っているのか、はさておき、邪神アブネラは魔物たちを統べる神だ。これが魔物の活性化の原因となっているのだろうか?
何れにせよこのままには出来ないので、慎重に金色のオーブを拝借し、ミノリに台座を斬り捨てて貰う。
「ん、これで魔力の発生源は無くなった」
「他には無いか?」
「無い。だいじょぶ」
スズが感知していた魔力はこの祭壇で間違い無かったようだ。ならば、カッテル村でのミッションは完了ということか。
しかし、気になる事は色々とある。何故この村が邪神を祀っていたのか。邪教の祭壇があったと言うことは、邪術師と関わりがあったということである。
「これは、ホフマン公爵閣下に相談だなぁ」
ライヒナー侯爵領で起きた問題であればライヒナー侯に伝えるのが筋だろうが、ここはシュトラウス侯爵領である。領地が異なるのでシュトラウス候に陳情するにも伝手が無い。だとすれば国の重鎮に相談するのが良いだろう。
「そこで何をしておる!」
「……え?」
突如、蔵の外で上がった声にそちらを向くと、あの村長が鬼気迫る表情でこちらを睨み付けていた。魔力の温存の為に姿隠しの魔術を解いていたので、俺たちの姿はばっちり見えている。抜かった。
とは言え、ここで狼狽えていても仕方ない。追及するか。
「……村長? ここにあった祭壇は何だ? 邪神アブネラの力を感じたのだが、邪神を祀っているということがどういうことか分かっていないのか?」
邪神を祀ることはどの国家においても重罪だ。それが分からないのは赤子くらいなものである。知らずに関わっていたとしても同じだ。
「やかましいわ! その祭壇が無ければセダムの実が生らんのだ! なんということをしてくれたのだ!」
村長は俺の追及にも一切動揺する事無く、俺たちを非難する言葉を投げ放ってきた。こりゃ、邪教の祭壇ということは知っていたということか。
「……やはり、あの実とこの祭壇には関わりがあったのか。しかしその口ぶりからすると薬物依存に近い状態になっているようだな。食べなくて良かったな、ベル」
「ひっ」
自分がとても危うい状態にあったことに気づき、ベルは喉の奥から短い悲鳴を上げた。もし食べていたらザルツシュタットへ救援を求めることもしなかっただろうし、この邪教の祭壇も見つからなかっただろう。お手柄である。
「さて、村長。あんたの背後に居る邪術師は何者だ? 邪教の祭壇があるということは、邪術師が関わっていると考えるのが筋だ。ちゃっちゃと話して貰うぞ――っておい!」
村長はいきなり踵を返し、村の中心地へと駆けて行った。いやはや、結構な年齢だというのに健脚だな。
「って感心している場合じゃない。応援を呼びに行ったんだろうな、とっとと村を出るぞ。レーネ、姿隠しを頼む」
「は、はい!」
レーネに精霊魔術を掛けて貰った後、俺たちは蔵を出て村の出口へと向かったが、当然のように農具で武装した村人たちから待ち伏せされていた。姿隠しが掛かっているものの、万が一あの人数に見つかると袋叩きに遭う未来しか見えない。
「どうする、リュージ兄。あたしなら鍬とか斬り捨てて道を作ることは出来るけど」
「いや、武器を失ったところで戦意を喪失するとも思えない。薬物依存ってそういうもんだろ?」
ミノリの提案を、俺は手で制止する。俺も妹たちも、『先生』と旅をしていた頃に薬物依存となった人たちが住む村を訪れたことはあるが、なんというか、感情の抑制が効かないんだよな。ケンカをふっかけられ返り討ちにしたのに、ボロボロになっても笑いながら向かってきたのには恐怖したものだ。
「ベル、裏道を知らないか? あればそっちも確認してみよう」
「あ、はい、こっちッス!」
ベルの案内の下、俺たちは裏道に向かうことにした。そちらが手薄であることを祈りながら。
§
村の裏道から東の森へと抜けてゆくリュージたちを、大樹の上から眺める一つの影があった。
「まったく、頑張って村に仕掛けた祭壇を滅茶苦茶にしてくれるとは。横暴にも程がありますわ」
燃えるような赤いロングヘアーを持つその女性はつまらなそうにそう呟くと、些か秋の装いとしては寒そうに見える肌を露出した服から覗く脚を組み替えた。その双眸は、一行のうちの一人、エルフの錬金術師へと向けられていた。
「東の森は十分に力を付けておりますが、このまま逃がすのも癪ですし、貴女がたには少し遊んで貰いましょうか。ええ、ええ、そうしましょう」
良いことを思いついた、とばかりに、彼女は手にした金色の針を弄び呟いたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




