第六〇話「問題は、一つだけじゃない」
物理的にも魔力的にも罠が無いかを十分に確認した後、俺は邪教の祭壇にあるオーブを回収し、二人を連れてミノリたちと合流した。台座からオーブを取り外した途端に一帯の魔力が掻き消えた所を見ると、あの台座にも何かしらの力があったのだろう。
台座についてはかなりの重さがあった為に回収はしなかった。オーブを外したので無害化したと思いたいが。
「……と言う訳だ、二人とも」
「なるほど、邪教の祭壇だったんだ、アレ」
「スズたちも祭壇は二つ見つけた。オーブも回収しておいた」
俺の説明を聞いたミノリとスズの視線が、自然とレーネに向く。訳ありのエルフはそれらから顔を背け、唇を引き結んでいる。妹たちが空気を読んで事情を追及しないでくれているのは助かる。
「変なデザインの台座は魔術由来の物だから、放っておいてもだいじょぶ。一応こっちで見つけた分は、ミノリ姉に斬り飛ばして貰ったけど」
「成程、一方にオーブを置いて発動出来なくなっているのなら安心だな」
スズの説明に、自分の判断が間違っていなかったことを安堵する。あのオーブと台座はワンセットで、更に他の地点と結んで、初めて術は発動するからな。うち二つが再利用出来なくなっているのならば、もう結界を張り直す事は出来まい。
「で、だ。問題は何故こんな仕掛けがあったのか。仕掛けた奴の目的は何か、ということだな」
「そだねぇ。それにセダムの実だっけ? アレとの関連性も気になるし」
おっとそうだった、それがあった。よく気が付いたなミノリ。結界があの実の生長を促進させていた可能性があるんだよな。
「一旦、村の畑を見に行ってみるか?」
「うーん、追い出されたッスからねぇ……、あたしは入れるかもですけど、リュージさんたちは難しいんじゃないッスか?」
「だよなぁ」
ベルの正論に、俺は頭を抱える。最初から白い目で見られていたのだ。今度強引に乗り込めば鍬でも持って襲ってくるかも知れんな。
ミノリ、ベルと三人で頭を捻っていた所で、くいくいっと袖が引っ張られる。スズだ。
「リュージ兄、でも、スズたちは村に向かわないといけないと思う」
「ん? どういうことだ?」
普段あまり余計な事を話さないスズの意味深な発言。優秀な魔術師にしか分からない事象などがあったのだろうか。
「結界は消したけど、村の方に普段感じないような異質な魔力を感じる。スズはそこに何かがあると思う」
……どうやら、問題は結界だけでも無かったようだった。
レーネの精霊魔術を使い、俺たちは自らの姿を隠して村の中を移動していた。見つからなければ追い出される事も無い。
俺たちが向かったのは、先ず畑だ。結界を壊したことで変化はあったのだろうか。
「……セダムの実に変わった様子は無いッスねぇ……」
「ま、すぐは変わらんだろうな。想定内だ」
唸っているベルには悪いが、魔術はそんなに万能では無いし、邪術においても同じことだろう。神の祝福を得ている〈ギフト〉の魔石がもたらす効果などは別だが。
「で、スズ。何処からその魔力とやらが漏れている?」
「ん。案内する。あっちのほう」
俺たちはマイペースに歩き出したスズの後を追う。精霊魔術で姿を隠しているとは言え、村人とすれ違ったりする時には足音が漏れたりするので、あくまでも注意深く。
そして辿り着いた所には、一軒の大きな民家が待っていた。
「…………村長の家、ッスね……」
あの怪しき人物代表の村長の家だったか。段々と繋がってきたと言うか。
「さて、どうする? 家人は不在のようだが、素直に村長へ『調べさせて欲しい』とお願いしてみるか?」
「そんなの絶対無理じゃん」
ミノリに睨まれてしまった。冗談だよ冗談。
とは言え、主に相談も無しに無断で立ち入るのも気が引けるんだがなぁ。
「っておい、レーネ!?」
俺たちがああでもないこうでもないとやっているのを他所に、レーネは構わず敷地へ踏み込んでおり、俺は驚いて声が大きくなってしまい慌てて口を押さえた。
当のレーネはと言うと、敷地内から至って真剣な表情で俺を見つめていた。この中で姿隠しの精霊魔術は彼女しか扱えないので、一人で行かれると非常に困る。
「……たぶん、私が予想するに、ですけど――」
レーネは「魔力を発する何か」が存在すると見られる蔵の方へ視線を移し、口を開いた。そこにある何かを睨み付けているその表情には何処か、決意のようなものが見え隠れしているように感じた。
「あそこの魔力の発生源も、邪教の祭壇だと思います。……そして、私の経験からして、何を目的として作られているのかも分かっているつもりです」
「……目的が、分かるのか?」
俺の質問に、レーネはしっかりと頷いて見せた。
「恐らく、結界で集めた生命力を……邪神アブネラに捧げる為、です」
次回は明日の21:37に投稿いたします!