第六話「丁度良いアピールタイムになった」
「助けて頂きありがとうございます」
外套を着込んだ女性は、フードを被ったままに軽く膝を折って感謝の意を示した。その立ち居振る舞いからして、何処ぞのご令嬢か、やんごとなき身分のお方なのかと思われる。
「申し遅れました。わたくしは――」
「ツェツィ様、なりません」
若い男性騎士にそう諫められたツェツィという女性は、少しだけ不服そうな表情を浮かべたものの、それ以上は自分から何かを打ち明けるつもりも無いのか、口を噤んでしまった。
……いや、女性ではなく少女だ。ミノリと同じ位の年頃で、一五、六歳といったところか。
「何やら事情があるみたいですが、詮索はしません。俺たちはこの辺りで野営をしようと思っていたので、後顧の憂いを絶とうと加勢したまでです。お気になさらず」
「……お気遣い、痛み入ります。私はディートリヒと申します。宜しければ、あなた方のお名前をお伺いしても?」
少女に代わり、若い男性騎士が答えた。こちらとしても名乗らぬ理由は無いので答えておくとするか。
「俺は付与術師のリュージと言います。冒険者等級は第三等です」
「わ、私は錬金術師のレーネと申します。同じく第三等です」
「ほう、その若さで第三等とは、優秀なのだな」
俺たちが腕輪を見せながら自己紹介すると、中年の方の男性騎士が顎を擦りながら感心したように頷いた。俺は兎も角、レーネはエルフなので外見からは歳が分からないのだがそれは言わぬが花、なのだろうな。
「それに、先程物理障壁を展開した様子は見えなかったのというのに武器を弾いていた。あれは〈金剛〉の付与の力によるものであろう? 武器を弾くほどの障壁を生むには高い魔石生成の技術が必要だった筈。大した物だ」
「ありがとうございます。仰る通りで、〈金剛〉という付与効果によるものです」
一定以上の力が加わらない限り自分への攻撃をすべて弾く〈金剛〉と名付けられた付与は、かなり高等な部類の付与術に入り、俺の虎の子の一つである。だがただ付与をするだけでは十分な力は得られず、中年騎士の言う通りカッティングの技術も重要になってくる。
それを見抜くとは、この騎士こそ只者では無いような気がするな。
「騎士様方もこの人数を相手に大した被害も無く戦い抜くとは、感服いたしました」
「はっはっは、某どもはそれが仕事だからな」
中年騎士は豪快に笑っているけれども、鎧のあちこちに傷が見られる。女性騎士の二人に至っては顔に傷が出来ており、痛々しい。
「あの……差し出がましいようですが、騎士様。私のお薬を使われますか?」
レーネもそれは感じていたようで、バッグから薄い青色の液体が籠められた小瓶を取り出し、申し出てくれた。
だが、騎士たちは複雑な表情を浮かべ、顔を見合わせている。信用できるとまでは言えない相手から差し出された薬だ。使うことに抵抗があるのだろう。
ここは一つ、レーネの名誉の為にも一肌脱ぐとしよう。
「え? リュージさん、何を……?」
俺がゆっくりとした動作で取り出したナイフを見て、レーネが顔を引き攣らせる。騎士たちの間にも緊張が走った。当たり前だ。
だが、別に誰かを傷つける為に出した訳では無い。
「きゃっ!?」
ツェツィという少女の小さな悲鳴。
俺は、取り出したナイフで自分自身の腕を傷つけて見せたのだ。必要以上に傷つけた訳では無いのでうっすらと血が滲んだ程度なのだが、ショッキングだったか?
「レーネ、薬」
「は、はいっ!」
俺の意図を理解したのか、レーネが慌てて小瓶から数滴傷口に垂らしてくれた。それを自分の指で軽く擦り込んでみせる。
「えっ? 嘘……」
女性騎士の二人が、驚いて目を見開いている。
それもそうだろう。擦り込んだ薬を布で拭き取ったら、傷口が綺麗に消えていたのだから。
「……で、使いますか?」
「使います!」
「使わせてください!」
「お、おい、お前たち!」
再度俺から尋ね直してみたら、女性騎士たちが揃って懇願したため、ディートリヒさんは焦ってそれを止めようとする。
「まあまあ、良いでしょう、ディート。何かあればわたくしが責任を持ちますよ」
少女がころころと笑いながらそう言うと、中年騎士も豪快に笑ったのだった。
騎士様方に薬をお渡しした後、俺たちは一行と別れることにした。相手は訳ありなのだし、同じ場所で野営しては都合の悪いこともあるだろう。それにここは死体だらけだ。わざわざこんな所で夜を迎えるような良い趣味はしていない。
荷物を抱えて立ち去ろうとした俺たちに、一行の少女が慌てて声を掛けてきた。
「お二人とも、どちらに向かわれるかお伺いしても宜しいでしょうか?」
「俺たちですか? ザルツシュタットに向かい、そこで工房を構える予定です」
「ザルツシュタット……ですか……。ライヒナー侯爵領でしたね」
おや、俺が行き先を告げた途端に、少女の歯切れが悪くなった? ザルツシュタットに何か思うところがあるというのか。
「ザルツシュタット、か、ふむ。これからまだ旅程は長い。しっかりと道中の街で補給をするのだぞ」
「は、はいっ、ご助言頂きありがとうございます!」
中年騎士が、まるで少女の態度から目眩ましするように無理矢理に話題を変えたような気がした。それに気付かなかったのだろうレーネが、素直に反応する。
だがしかし彼の言う通りではあり、ここからザルツシュタットまではまだ一〇日は掛かる。この一行が何処に向かうかは分からないが、同じ方向だろうか?
……何となく、この一行の行き先は同じ方向で、あと三日程先にある王都ラウディンガーのような気もするが……まぁ、俺たちが問われたからと言ってこちらも問い返す必要は無いか。
「……では、これで失礼します。皆様もお気を付けて」
「失礼します!」
そろそろ日没も近い。俺たちは急いで野営の準備をすべく、枯れ枝集めへと奔走することにした。
次回は一〇分後の21:37に投稿いたします!