第五九話「俺たちの前に、再びその影は現れた」
村から少し離れた場所まで戻った後、俺たちは二手に分かれて村の周辺を調査することにした。魔力を探知しながら発信源を見つけようという寸法である。
俺とレーネ、ベルの三人は村の東と南側を探索している。西と北側はミノリとスズだ。魔力探知はレーネとスズにお願いしている。
「申し訳ないッス……、村の人たち、飢饉でちょっとおかしくなってるんスよ……」
「飢饉で、ねぇ……」
深い溜息を吐きながらのベルの言葉に、俺は相変わらず引っかかりを覚えていた。
先程村人たちから受けた手痛い歓迎の様子、やはり飢饉に喘いでいるという状態ではなかった。むしろ帰れコールが出来る辺り、元気と言える位だ。
「あの実を除く村の作物は、もう春から成長が滞っていたのか?」
「……少なくとも夏にはあの状態だったッス。春からかどうかは……」
「ん? どういう意味だ?」
村人ならば把握していると思ったのだが、ベルは何処か歯切れの悪い様子だ。やはり彼女には何かしらの事情があるようだ。
「……実は、あたしは今年の夏からお世話になっている流れ者なんスよ。村の東の森で怪我をしてたところを助けて貰ったんス」
「そうだったのか……」
まあ、人間の中に一人だけ猫人だからな。流れ者というのは推測出来てはいたが。しかし村長や村人からの様子だと、ベルは虐げられているように見えた。
そのことを問うてみると、彼女は苦笑を浮かべる。
「あたし、何をやらしても駄目なんス。狩猟は故郷で経験があるんスけど、細かい作業とかは……。だから、怪我の所為で狩りも農業も出来ない、不器用で内職も出来ないの、無い無いづくしなあたしは疎まれて当然なんス」
「……成程な」
怪我で農業も出来ない、不器用で内職も出来ない、か。
でも――
「なあ、ベル――」
「……見つけました」
俺が言いかけたその時、レーネが魔力の発信源を特定したらしく声を上げた。彼女は杖の先で一点を指し示している。
そこには幹の直径が俺の身長程もある巨木があった。これほどまでに大きな樹は中々お目にかかれない。
「これは……」
その巨木に近付いて分かった。何かが魔術で偽装されている。
「この木がどうかしたッスか?」
魔術に疎いのであろう、ベルは気付いていないらしい。だが魔術師の端くれである俺とレーネには分かる。
「リュージさん、これ、解けますか?」
「スズなら一瞬で解けるだろうが、俺の魔術じゃ無理だな。でも何とかするのでちょっと待ってろ」
俺はマジックバッグをまさぐり、一つの魔石を取り出した。たぶんこれで上手く行く筈だ。
「リュージさん、その魔石は何ですか?」
「〈解呪の魔石〉だ。この手の封印にも効くんだよ」
「へええ……」
感嘆するレーネには王女殿下の依頼の時に一度見せているが、中々外面からは何の魔石か判別しづらいからな。〈タグ〉の魔力を貼り付けているが、それは俺にしか分からない。
「流石は付与術師ッスねぇ……」
「お、なんだ? 付与術に興味があるのか? やってみるか?」
「あはは、あたしは不器用ッスから無理ッスよ、きっと」
興味津々というベルを勧誘してみたが、素気無く断られてしまった。どうも自分の能力を卑下しており、何かに挑戦することを恐れてしまっている節があるな。
ザルツシュタットの商工ギルドで見せていた根性は、きっと彼女の武器になるというのに。
「リュージさん、どうしたんですか?」
「……いや。んじゃ発動させるぞ。レーネ、一応警戒しておいてくれ」
「分かりました」
考え込んでいた俺を不思議そうに覗き込んでいたレーネに万一の事態への対処を頼み、彼女が杖を構える所を確認してから、〈解呪の魔石〉に魔力を籠めた。
「お、おぉ?」
ベルが目の前の光景に驚き、声を上げる。〈解呪の魔石〉の力が、幻惑で隠されていた巨木の洞を暴き、段々とその姿を現していった。
「これは……?」
危険が無いことを確認し、警戒を解いたレーネが困惑の声を上げる。
洞には、小さく簡素なテーブル。その上には金色のオーブが意匠を凝らされた台座と共に置かれていたのだ。
「……明らかに、魔術の祭壇だな。怪しすぎる」
そのオーブは見ただけでも怪しすぎる物だったが、それを裏付けるようにそのオーブ自体が村の方向へと魔力を放っていた。
いや、放っているんじゃない。他にもオーブが置かれている場所があって、それらが囲んでいる村に何某かの影響を与えているのだろうということが分かる。
「誰が何の目的でやったか分からんが、此奴が飢饉の原因なんじゃないのか……?」
「ホ、ホントッスか!?」
安全の為に後ろで控えていて貰ったベルが驚き前のめりでオーブを確認しようとしたが、危険なので手で制する。幻惑は解除したがどんな罠があるか分かったものではないからな。
「いや、あくまで推測には過ぎないが……怪しすぎるだろコレ。なぁレーネ」
俺は危機感の薄いベルに呆れつつ隣のレーネに同意を求めた。
「………………」
「……レーネ?」
声を掛けたにも関わらず、レーネは何やら目を剥いて固まっていた。
「……リュージさん、これ……邪神の祭壇です」
「はぁ!?」
レーネの口から出てきた思いも掛けない内容に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。邪神の祭壇だと!?
「邪神って、邪神アブネラッスか!? なんでそんな物がこの村にあるんスか!」
「……それは分からないけれど……でも、ベル、この台座に彫られた意匠は邪教の物なの。私は知ってる」
驚愕するベルに対して何処か辛そうに語ったレーネの言葉で、思わず俺は台座を凝視した。成程、これが邪教の物なのか俺には判断が付かないが、この意匠には禍々しいものを感じるな。
だが……この祭壇が邪教の物だとして――
「なあ、レーネ。何故そんなことを知っているんだ?」
俺の口から自然と、そんな質問が発せられていた。レーネがこの祭壇が邪神を祀る類のものだと知っているということは、以前に邪術師と関わりがあったからに他ならないのだ。
「………………」
だがレーネは黙したままに俯いている。その様子はまるで、思い出したくも無い記憶を振り返ることに恐怖しているようだった。
一体彼女の過去に、何があったというのだろう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!