第五八話「何ともきな臭い村と、ベルの態度が気になった」
帰ってきたミノリとスズに頼み込んで、翌日俺たちは猫人のベルの案内でカッテル村へと向かうことにした。大した休息も無いままに再び出張へと向かうことになった妹たちは文句一つ言う事無くついてきてくれた。俺には勿体ない位に出来た妹たちである。
今回、飢饉の村を調査する事に決めた経緯としては魔物の活性化と関連があるのではないか、という疑惑からである。その為、俺たちは出発前にホフマン公爵閣下へと相談していた。閣下も関連性を疑い、正式に調査を俺たちへ依頼してくれたのだ。
ザルツシュタットから徒歩で向かうこと三日と半、俺たちは目的地のカッテル村に到着していた。
「なーんか、陰気な村だねぇ」
「ん、村人から見られてる気配、びんびん」
「ま、そりゃいきなり余所者が来たんだ、警戒するだろ」
俺は不満そうな妹たちを諫めながら、村の様子を窺う。陰気と言ったミノリの言葉通りに、何処か重苦しい雰囲気があるのは飢饉の所為だろうか。
しかしながら、苦しんでいる人々の姿は無い。虚ろな目でこちらを見つめる瞳はあれど、飢えて倒れている様子は無いのだが。俺の思っている飢饉とはだいぶ違う。
「なあベル、本当にこの村は飢饉に喘いでいるのか? 俺が知っている飢饉の村は、もっと空腹でのたうち回っているような地獄なんだが」
俺がそう尋ねてみると、ベルは何故か言い辛そうな雰囲気で口をもごもごとさせている。
「それは……その……畑を見て欲しいッス……」
「畑……ですか。おや?」
近くの畑に視線を送ったレーネが妙な声を上げたので、俺たちもそちらへ目を向ける。
その畑では確かにほぼ全ての作物が萎びており、実を付けるに至っていないのが分かる。
だが一つだけ、緑色に黒い縞の入った拳大の実を付けている作物だけが、活き活きと葉を茂らせていた。
「なあレーネ、この植物は何だ?」
「いえ……私にも分かりません。ベル、これは何でしょう?」
俺に問われたレーネも植物の正体が分からないらしく、首を傾げながらベルにバトンタッチした。植物の知識に長けている彼女が分からないのだから、相当珍しい種類なのだろう。
「……分からないんスよ」
「はぁ?」
俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。畑に生っているのに、正体が分からない? 一体どういうことなんだ?
「分からないんス。他の作物が成長しない中、この植物が突然生えてきたんス。食糧の無い中、村の人たちは〈セダムの実〉って名付けてコレを食べてるんスけど……あたしは嫌な臭いがするので食べてないッス」
「……ふぅむ」
村人たちは人間だが、ベルだけはどういうことか猫人なので臭いなどに敏感なのだろう。何かきな臭いものを感じるな。他の植物の栄養を吸ってるんじゃないのか、これ。
「リュージ兄」
「ん、どうした、スズ」
スズが袖を引っ張り小声で話しかけてきたので、俺は屈んで妹と目線を合わせた。優れた魔術師であるスズには何か分かったのだろうか。
「この一帯、微弱な魔力を感じる。何か仕掛けられてる」
「……そうか」
となれば、やはりこれは冒険者の領分だったか。この村で何かが起きている、と。
「そこで何をしているか!」
「ぴっ!?」
突如響き渡った老人男性の声に、謎の実を調べていたレーネが驚いて鳴き声を上げた。あ、その拍子に若い実をもぎ取ってしまっている。あーあ、やっちまったな。
「おい! そこの亜人の女! 貴様、貴重な実を取りよったな! 熟すまで待っていたというのに!」
「え? え? あの、すみませんっ!」
泣きそうな表情でレーネがぺこぺこと頭を下げる。老人男性が嫌味を続ける中俺がベルに目配せすると、「村長ッス」という口の動きが返ってきた。なるほど。
「あー……村長さんですか。俺たちは飢饉の調査に来た冒険者です。他の地域では飢饉など起きていないのに、この村だけ――」
「必要無いわい! 帰れ!」
……おや?
「……ですが、飢饉という割にはこの植物だけ青々と生い茂っています。これが栄養を吸い取っているのではないでしょうか?」
「セダムの実に問題など無いわ! それだけ食えれば問題など無い!」
「いやいや、税とかどうすんの。この胡散臭い実が売れると思えないんだけど」
「胡散臭いだと!? 貴様! セダムの実を馬鹿にするな!」
俺とミノリの冷静な突っ込みに激怒する村長。
……ふーむ。
「まったく……ベル! お前は拾ってやった恩も忘れてこんな妙な連中を連れてきたのか! 本当に使えない亜人だな!」
「うぅ…………」
俯き、辛そうにベルが呻いている。どうも彼女にも何やら訳がありそうだな。
その後、俺たちは村人からも出て行けコールをされ、村の入口へと引き返すことになったのだった。
まあ冒険者など普段来て欲しくない余所者の筆頭なのだろうが、些か対応が顕著すぎるな。絶対に何かあるだろ、これ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!