第五七話「有る筈の無い現象が、そこでは起きているらしい」
翌日、俺とレーネは二人でザルツシュタットの商工ギルドを訪れていた。何の用かと言うと、魔石と薬の納品、それに賃貸物件の買い上げについて相談する為である。依頼数に対しての生産数が足りていない事実はあるので生産体制の見直しは少し前から考えていたのだ。ホフマン公爵閣下の依頼は丁度良いタイミングだったと言えよう。
物件の買い上げと言うと足元を見られてしまうかも知れないが、そこはそれ、あまりやりたくは無いがベルン鉱山や港の復旧に関わるザルツシュタットでの功績をちらつかせる予定である。とは言え相手は商人なので一枚どころか一〇枚くらい上手だろうし、意味があるか微妙なところではあるが。
「……ん? トールさんは……何か揉めてるのか、あれは」
何やら受付のトールさんにまくし立てている猫人の少女が居る。オレンジ色の短い癖っ毛が特徴で、ミノリと同じ一六歳位だろうか。興奮している様子で、耳がピンと立っている。
「いえ、話からすると揉めている訳ではないですね。あの猫人の女性が助けを求めているような感じです」
確信を持ったレーネがそう教えてくれた。流石はエルフ、一〇メートルくらい離れているというのに話の内容がはっきりと分かるらしい。
「ですから! ザルツシュタットで噂の畑を作る為に、うちの村にもお知恵を貸して欲しいんスよ!」
…………ん?
近づき、耳へ入ってきたその内容に、俺たちは二人して足を止めた。そして顔を見合わせる。
「……リュージさん、噂の畑って……」
「皆まで言うな、レーネ。絶対その畑だ」
〈ペウレの魔石〉を埋めたことで毎日のように野菜が採れるようになった、うちの目の前にあるあの畑の事だよな、絶対。もう他所まで聞こえる位に有名となっていたか。
ちなみにその畑は、以前ガイにマッドゴーレムを壊された経験から、魔石を護るための兵士として今はアイアンゴーレムを置いている。鉄を用意する為に金は掛かったが、第二等冒険者であってもそうそう壊すことは出来なくなっている。魔石を盗られたら終わりだからな、あの畑は。
「あのー…………」
「あっ! リュージさんにレーネさん! 良い所に!」
おずおずとレーネが話しかけると、助けを求めるように立ち上がったトールさんから「良い所に」って言われちゃったよ。何とかしろってかこの状況を。
「いやいやトールさん、俺たちに助けを求められても困りますって」
「そこを何とか! このお客様、あの畑は唯一無二で他に創り出すことは出来ないと言っても理解して頂けないのですよ!」
「そうは言っても、客に対してその辺を説明する責任があるのは商工ギルドの職員でしょう。幾ら俺があの畑を作ったとは言っても、俺たちが説明するのは何か違いませんか?」
「うっ…………」
俺に痛いところを突かれたトールさんが二の句を継げなくなってしまう。そりゃ製造責任者は俺だけどさ、管理と運用責任はラナと商工ギルドにある畑だ。俺にその辺を求められるのは困る。
「へ? この人がその畑を作ったんスか?」
あ、やべ。猫人の少女が俺にターゲットを変えた。責任がどうとか関係無い感じだ。「あーあ」とレーネが嘆息している。悪かったよ迂闊だったよ。
「……言っておくが、トールさんの説明した通りだぞ。あの畑は二つとして作れない」
俺は少女の要求を先回りして封じた。大方、自分たちも豊作に肖りたいという事なのだろうが、俺にはどうにも出来ない。
「そこを何とかして欲しいッス!」
「不可能、出来ない、無理なものは無理」
「バ、バッサリッスね……」
素気無くあしらうと少女は口をひくつかせてたじろいだものの、まだ立ち向かう気力はあるのか頭を振ってから俺を見据え直した。その気概は立派なものだが――
「何度言われても無理だぞ。ちなみに方法についても教える気は無いし、教えたとしても無理だ。再現出来ないからな」
「そ、そうだとしても、あたしは手ぶらで戻る訳にはいかないんスよ!」
成程手強いな。トールさんが匙を投げたのも分かる気はする。
だが俺にどうにか出来る問題では無い。とっとと受付を空けて欲しいものだ。
「ウチの村は飢饉で大変な状況なんスよ! どうにかして畑の秘密を探らないといけないんス!」
「……飢饉?」
俺はその言葉に、ふと引っかかりを覚えてトールさんの方へと視線を向けた。出向役人の彼はと言うと、かぶりを振っている。
「今年、少なくともライヒナー侯爵領での各地域では飢饉の情報など無いのですが……、彼女の仰るシュトラウス侯爵領のカッテル村という地では、飢饉が起きているのだそうです」
「……シュトラウス侯爵領、か……」
まさかとは思うが、魔物の活性化と関係があるのか?
だが、その事については口外してはならないと言われている。しかし無関係とも思えない。魔物が何かしらの力を吸い上げている可能性だってあるのだ。
「そうか…………」
「教える気になったッスか!?」
「いやそんな気は微塵も無いんだが」
前のめりに転けて「思わせぶりな態度は止めて欲しいッス!」と喚く少女をあしらいながら、俺は一つの考えに至っていた。
これは、冒険者の領分なのではないかと。
次回は明日の21:37に投稿いたします!