第五三話「今を生きる俺たちは」
本章のエピローグです。
あの戦いから二ヶ月後。
夏も終わりに近付いたこの時期、ザルツシュタットでは盛大な祭りが行われていた。
「リュージ兄! イカ! イカ焼き食べたい!」
「はいはい」
一六歳になったというのにまだまだ子供だなと思いながら、焼き魚の群れに向かって腕を引っ張るミノリに苦笑する。
「思ったよりも早く港が復旧して良かったですよね」
「全くだ」
イカ焼きを頬張るミノリと、こちらはキビナゴを囓るスズの頭に俺のデカい手を載せると、二人とも気持ちよさそうな表情を浮かべた。
レーネの言葉通り、ザルツシュタットの港は予定よりも一七日も早く復旧工事が終わり、こうして記念の祭りが行われているのである。祭りということで、商工ギルドの財布で焼き魚が食い放題なんだそうな。太っ腹だ。
「やあ、リュージ君にレーネさん、楽しんでいるようだね」
俺たちがのんびりベンチに座っていると、ライヒナー候がいらっしゃった。祭りが始まる前に挨拶をしている所も見ていたが、民に慕われている所が窺える位に盛大な拍手を貰っていたのが印象的だった。
「ライヒナー候、お久しぶりです」
「こんにちは、お久しぶりです」
「こんにちは。それと……妹さんたちかな? それともお二人の娘さんたち?」
「ちっ、違いますっ!」
「ははは、冗談冗談」
からかわれたレーネが久しぶりに真っ赤になっている。俺は兎も角としてレーネはエルフだから、この容姿でデカい子供が居てもおかしくないしな。
「むぐむぐ……んっ、領主様、初めまして。第二等冒険者の剣士、ミノリです!」
「同じく第二等冒険者の魔術師、スズです」
二人はキリの良いところで俺にイカ焼きとキビナゴの皿を渡し、立ち上がってライヒナー候に頭を下げた。ただ二人とも口の周りが汚れているので、ライヒナー候が笑いを堪えているのが分かる。
「んんっ、お二人とも、初めまして。ヴァルター・フォン・ライヒナーだ。宜しくね。それにしても、その年で第二等冒険者なのか、凄いね」
「ありがとうございます! 師匠と兄に恵まれました!」
「兄は関係無いだろ兄は」
ミノリのヨイショに突っ込みを入れておく。不必要な位に持ち上げるのは止めて頂きたい。生きづらくなってしまうじゃないか。
「そうなのかい。確かつい二ヶ月前までは第六等までしか居なかったと聞いたし、君たちに依頼が集中してないかは心配だね。こうして高等級の冒険者も続々と集まってくれると嬉しいんだけどね」
「既に第四等までなら、転入してきた人、居ます」
ライヒナー候は知らなかったようなので、スズが苦手な敬語をたどたどしく使いながら教えてあげた。先日、この街の将来性に魅力を感じた第四等の冒険者パーティがまとめて転入してきたんだそうな。
それを聞いたライヒナー候は、喜びの表情を隠しもせずに「それは嬉しいね!」と手を叩いた。冒険者とは言え、領民が入ってきてくれるのは領主にとって何よりも嬉しいことなのだろう。
「ああ、そう言えば」
何やらぽん、と手を叩いたライヒナー候が、顔をこちらに近づける。なんだなんだ。
「祭りが終わったら僕の館へ来ると良い。面白いものが見られるよ?」
「……は? 祭りの後に領主様の館に、ですか……?」
愉快そうにライヒナー候が笑っているが、俺と言えば一体全体何が待っているのか分からずに目を瞬かせる。
俺たちは含みを持たせたまま去って行ったライヒナー候を見送り、顔を見合わせていた。
さて、祭りが終わり、夕方。俺たちはライヒナー候の言葉に従い領主の館へやって来た。
俺たちが来ることは事前に聞いていたようで、門番の方は通してくれた。一度ここへ伺っているので顔も覚えていてくれたらしい。まあ、覚えていたのはデカい男とエルフという特徴かも知れんが。
「一体何だろうねぇ」
「何だろうな。あの口ぶりからするに悪いことじゃ無いと思うが」
応接間で出されたお茶を飲みながらのミノリの言葉へ、分からない俺も適当に返すしか無かった。
そもそも、何故に祭りのこの日にそんな面白いこととやらが起こるのか? それが分からないのだが。
「失礼しますね」
と、女性の声と共に応接間のドアがノックされた。
いや、ちょっと待て。今の声は――
「……王女殿下」
「ツェツィって呼んで?」
「……ツェツィ様」
ドアが開けられ、よく知る騎士様を伴い入ってきたその人は、にっこりと笑いながら俺の余所余所しい呼び方を訂正した。いや、何度目だこのやり取り。
「お久しぶりですね。二ヶ月弱程でしょうか?」
「そうですね……、俺たちが邪術師の報告をした時以来になりますね」
ガイたちとの戦いについては、再び登城して直接国王陛下に報告をしている。何しろ、邪術師の存在は一国家のみならず国家を跨ぐ程の一大事であり、宰相がそれに関わっていたこともあったからだ。
ちなみに今、ライヒナー候は席を外されている。この辺の空気が読める辺り、出来る侯爵である。
「それにしても、何故ツェツィ様はザルツシュタットへ?」
「え? 祭りがあると聞いたので、お忍びで参加をしに来たのですが?」
当然ですわ、みたいな言い方をされたので、思わずディートリヒさんの方を見る。諦めたようにかぶりを振っていた。この人もホントに大変だな……。
「まあ、祭りもありますが、港の視察も兼ねております。国から支援をしたのですから、一応確認をしておかねばなりませんからね」
「なるほど、そういうことにしておきます」
「本当ですっ!」
からかってみたら、頬を膨らませてツェツィ様が抗議した。可愛い。ディートリヒさんも噴き出している。
「……しかし、噂通り、ザルツシュタットでは当たり前に野菜が流通していますね。皆さん健康的で良いことですわ。ラナちゃんたちの畑のお陰でしょう?」
「……ええ、まあ」
何処か期待の籠もったツェツィ様の瞳に、俺は微妙な反応をしてしまった。要はこの王女殿下、俺たちが畑に何かしていると勘付いているのである。ツェツィ様は魔術の使い手なので、もしかしたら埋めた〈ペウレの魔石〉の存在についてもバレているかも知れない。
「先に申し上げておきますが、ツェツィ様。俺たちにはラナたちと同じ畑は作れませんよ?」
「まあ、そうなのですね。残念ですわ」
あまり残念そうには見えない。この答えは予想していたんだろうな。
だが、アレなら言ってみても良いだろう。
「ただ、畑の質を向上させる薬ならレーネが作れます。現にザルツシュタットでは使っておりますので。なあレーネ?」
「え、えぇっ!?」
突然振られて、耳をぴん、と立てるエルフが居た。俺の方を向いた顔に「今その話をするなんて聞いてない!」と書いてある。
「あら、でもレーネさんがお一人で王国全土の畑のお薬を作るなど、無理ですわよね?」
「そこは考えがあります。レーネ、土壌改良薬のレシピと運用方法を国に売るって話をしてたよな?」
「そ、それは~……確かにそんな相談はしてましたけど……」
ツェツィ様のご明察通り、幾らレーネが天才錬金術師とは言え、作れる薬の数には限界がある。
だから質では無く数が必要な土壌改良薬については、他の錬金術師に任せてしまおう、という話になったのだ。
ただ、レシピを売るという経験をしたことが無かったレーネは難色を示していたので、良い機会だしここで話を進めてしまおうと思った訳である。
「そうですね、そのレシピと運用方法をお譲り頂ければ、我が国の農業改革となりましょう。是非詳しいお話を伺いたいですわ」
「は、はい……」
観念したレーネが、耳をしょんぼりと垂れ下げていた。
領主の館を後にした俺たちは、とっぷりと暮れた夜道を四人で歩いていた。
「もう! リュージさん! いきなり土壌改良薬のお話を振らないでくださいよ!」
レーネさんはおかんむりである。まあ分からんでも無いが、あのままずるずるとレシピを売らないままだったら、いつか他の錬金術師が薬のレシピに辿り着いてしまうかも知れなかったし、レーネにはもうちょっと積極的になって貰わないと。
「まあまあ、レーネ。〈アルテナ〉は今後他の仕事も受けていかなきゃなんでしょ? 同じお薬ばっかり作ってたらレーネが過労死しちゃうよ?」
「それは……そうなんだけどぉ……」
ミノリに諭され、レーネの声が窄んでいく。
そう、俺とレーネは正式に工房で依頼を請け負う為に、商工ギルドに〈アルテナ〉の開業届を出したのだ。
とは言え、依頼が来ないと仕事が無いというのは変わらない。店を出して魔石や薬を並べても良いのだが、如何せん工房の場所が悪いことと大量生産出来ないことが理由で止めておいた。まあ雑貨屋に卸すくらいなら検討しても良いが、そうすると定期的に決まった量を納品しないといけないとか……まあ色々とある。
「ベルン鉱山は再開坑されて魔石の流通も問題無いし、ミノリたちが暇な時は一緒に材料も採りに行ける……が、仕事は無い。ま、暫くは研究だな」
「リュージ兄、仕事が無いのに嬉しそう」
「まあな、俺たち職人は好きな物を作れる時が一番幸せだからな」
何処となく嬉しそうに俺を見上げたスズへ、親指を立てて見せる。金は入らないが、まだまだ王女殿下のご依頼で頂いた分と、商工ギルドからの依頼分が十分に残っている。数ヶ月生活するには十分すぎるな。
俺たちの組んでいたパーティメンバーは全員帰らぬ人となってしまったが、俺たちは俺たちで、このザルツシュタットで生きて行こう。
「先ずは何においても仕事だが……工房の看板でも作るか?」
「はいはい! あたしが絵を描くね!」
「ミノリ姉の絵、邪神召喚しそうだから駄目」
「どういう絵なのスズちゃん!?」
わいのわいのと騒ぎながら。
過去を生き残り、今を楽しく生きる俺たちは、我が家への道を楽しく歩いて行った。
まずはここまでお付き合いを頂きありがとうございます!
リュージたちの物語はまだまだ続きます!
宜しければブクマや評価を頂けますと幸いです!
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次回は明日の21:37に投稿いたします!