第五二話「全てが燃え落ちる世界の中で、俺は子守歌を唄う」
絶賛燃焼中の廃屋内部では、予想通りというか、マリエが身体を起こし外へ飛び出そうとしていた。
「せいっ!」
〈フューレルの魔石〉の加護を得る為に一旦〈ペイル〉を手放してから、マリエの右足に下段右回し蹴りを叩き込む。飛び出そうとしていたその身体がよろめいたところを、髪を引っ張って思いっきり部屋の中央へとぶん投げた。異形の身体が腐っている板張りの床に突っ込み、嵌まる。
「さあ、我慢大会だぞマリエ。どちらが熱さに強いか勝負だな」
そんなことを宣いながら、じたばたと藻掻いてやっと床から抜け出したマリエに〈ペイル〉で斬りつける。残った左腕を斬り飛ばそうとしたんだが、上手く行かなかった。ここに入る前に〈鋭利〉を付与し直したとは言え、流石に剣士であるミノリのようにはいかないか。
「アアアアアアアアアアアア!」
「おっと」
どういう絡繰りかは知らないが、悲鳴を上げられると身体を切り刻まれる。が、近寄ってさえ居なければ大丈夫だということには気付いていたため、予備動作中に離れていたお陰で無傷だった。
さて、大きな隙が出来ていたので、その間にこちらも準備が出来ている。
「リュージの名において、我が肉体に何をも砕く力の一端を与えん、〈砕〉!」
何もこの一時付与術で威力が大きくなる攻撃は拳だけではない。武器による攻撃でも有効だ。
俺は今度こそと振りかぶり、襲い来るマリエの左腕二本を纏めて斬り飛ばした。その傷口が猛烈な火事の炎で焼かれ、再生が止まる。
腕を無くしたマリエは藻掻くも、バランスを崩しうつ伏せに倒れた。
「うおっと!?」
そこへ、燃え盛る梁が落ちてきた。〈金剛〉で護られているとはいえ、これは流石にビビる。
梁に潰されたマリエが藻掻きそれを除けて起き上がろうとしたところを、俺は馬乗りになり、その背中に〈ペイル〉を突き立てた。マリエの口から切り刻む為のものではない悲鳴が漏れる。
「魔核は……外したか。だが、それでも良い。このまま焼き尽くされるまで俺と添い寝だ」
焼け落ちていく廃屋の中で子守歌を唄うように、俺は藻掻くマリエへと囁いたのだった。
「……燃えちゃったね」
「ん」
レーネとスズの声が聞こえる。レーネは呆然としたような声。スズはいつも通りだ。
あれから三〇分も掛からなかっただろうか、廃屋は次々と天井から梁を落とし、俺とマリエの上に降りかかってきた。その時は重くて動けなかったが、焼けてくれたお陰ですっかり軽くなって身動きも取れそうな位になっている。
「って! どうしてそんなに冷静なのスズちゃん! 中にリュージさん居るよね!?」
「ん、中に入ってった。でもたぶん平気」
「この火事で!? どうやって!?」
「リュージ兄がスズたちを残して死ぬ筈が無い。さっきも言ってた」
「………………」
うむ、流石はスズ。昔から冷静で聡い子だ。
なら、レーネを安心させてやるか。
「え……きゃあっ!?」
俺が焼け跡になっているだろう廃屋の中から天に向かって腕を伸ばすと、レーネが死ぬほどびっくりしたような声を上げた。いかん、安心させるつもりが驚かせてしまった。
「俺だ、俺。スズが言った通り、生きてるぞ」
俺は焼け跡からにょっきりと顔だけ出して、涙を滲ませながらへたり込んでいるレーネにそう声を掛けた。
「ほ、本当に声はリュージさんですね……、顔は煤で真っ黒になっちゃってて分かりませんけど……」
「おっと、そうか。悪いがスズ、水降らせてくれ。マリエはもう完全に死んでる」
「ん」
スズが水魔術の〈スコール〉を使ってくれたお陰で、俺は顔を洗うことが出来て残り火も鎮火してくれた。助かった。
「と、ミノリは無事か?」
「はい、今は眠っています」
「そうか、良かった」
レーネの微笑みに安堵する。急所をやられていたから、万が一、ということにならなくて良かった。暫くは養生して貰わないといけないかも知れんが。
「でも、どうやってこの火事を生き残ったんですか、リュージさん。火傷一つありませんよね?」
まあ、それは不思議だろうな。
でも、俺はかつて彼女にこれを可能とする魔石を見せている。
「〈常温の魔石〉」
「……ああ!」
合点がいったらしく、レーネはぽん、と目の前で手を叩いた。
かつて〈ゴブリンヒーロー〉を廃坑ごと凍らせた時に使ったあの魔石だ。あの時は寒さに耐える為に使ったが、今度は逆の用途で利用したのである。
「……ところで、二人とも。お願いがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
「なに、リュージ兄」
「バッグを持ってきて欲しいんだ、頼めるか?」
「え? もう終わったのでしたら出てくれば良いじゃ無いですか。怪我でもなさってるんですか?」
「いや、そうじゃないんだが……」
歯切れの悪い俺を不思議に思ったのか、レーネとスズが目を瞬かせ、二人で顔を見合わせる。
俺は気まずさを覚えつつも、このまま出て行けばもっと気まずい雰囲気を味わうだろうと思い、思い切ってそれを口にすることにした。
「換えの服を出したいからだ。焼けちまったんだよ」
「………………」
「………………」
何とも締まらない最後に、二人は小さく溜息を吐いていた。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




