第五一話「悲しみの魔弾、そしてすべてを終わらせるために」
「スズ、待たせてすまん! マリエの足を狙ってくれ!」
「ん」
俺たちが戦線を離れていた間に遠慮無くスズが魔術を叩き込んでいたが、マリエには大したダメージが無かったようで、元気に立ち上がっている。やはり、〈グングニール〉などの高等魔術でなければダメージは与えられないか。
「……おっと!」
俺に伸ばされたマリエの右腕を掴み、逆にそれを支点にくるりと一回転し、鼻っ面へ踵を叩き込む。
鋼鉄すらも曲げる俺の一撃を受けた異形にも流石にダメージがあったらしく、よろめき、膝を突いた。
俺はその場で一旦離れる。スズの魔術が発動されるからだ。
「偉大なる魔術の神よ、その力の片鱗を我が手に、あの哀れな異形を留める宿り木をください、〈ミスティルティン〉」
スズの詠唱が完成し、空から無数の黒い槍が降ってきた。槍はマリエの爪に弾かれもしているが、一部がそれをすり抜けて足に突き刺さってゆき、異形は再びバランスを崩す。
俺はその隙にレーネの元へ駆ける。魔人には再生もあるし、時間は有限だ。
「リュージさん、準備は出来ています」
「よし、分かった」
マリエに向かって構えたレーネの錬金銃に、彼女の後ろからそっと手を合わせる。そして、魔力を込めた。
「リュージの名において、何をも貫く刃と化せ、〈鋭利〉」
一時付与術の〈鋭利〉を施す。対象は残る一発の銃弾だ。
「……私、最後にはマリエに酷いことされちゃいましたけど、でも、最初からあんな子では無かったんです」
狙いを定めながら、レーネはそんなことをポツリと話しだした。
「最初二人で組んでいた時は、本当にお金が無くて。宿にも泊まれない時がありました。等級が上がってからはそんなことも無くなりましたけど」
「……ああ」
レーネは普通に盗賊などとも戦えるが、やはりずっとパーティとしてやってきたマリエに引導を渡すというのは、色々と考えてしまうのだろう。
「その所為か、いつしかマリエはお金に執着するようになりました。でも、だからといって、こんな化け物にされてしまうなんてあんまりじゃないですか!」
「……そうだな。だから――」
動いていた銃口は、ピタリとマリエの胸の中心を向く。
「はい、楽にしてあげないと」
「ああ」
俺の手が添えられたまま、レーネは引鉄を引く。どういった原理かは分からないが、破裂音と共に銃弾は強い推進力を伴って錬金銃から放たれた。
魔力を伴った銃弾は軌道を修正しながら進み、マリエの胸に吸い込まれる。そして、彼女の胸の奥にある魔核を穿つ。ビシィ、という音が響いた。
「アア、アアアアアアアアアアアア!」
魔核にダメージが行った所為か、マリエは己の爪で強く胸を掻き毟り、悶える。倒すには至らなかったものの、確実にダメージは与えられたようだ。
「スズ! 後ろの燃えてる家へ放り込め!」
「ん、わかってる」
言わずとも次の手は理解していたらしい優秀な末妹は、既に詠唱までの準備を整えていたようだった。流石に何年も一緒に危ない橋を渡ってきただけはあるな。
「偉大なる魔術の神よ、その力の片鱗を我が手に、あの哀れな異形を撃ち抜く鉄槌をください、〈ミョルニール〉」
スズの魔術が展開された瞬間、不可視のハンマーが叩き込まれたかのようにしてマリエが勢いよく後方へと吹き飛んだ。そして燃え盛っている廃屋の壁を破り中へと突っ込む。このまま燃え尽きてくれれば良いのだが、放っておけば出てくるだろう。
「……さて、マリエが出てこられないように念には念を押すとするか」
「……リュージさん、死ぬ気ですか?」
中から幾つか魔石を取り出したマジックバッグと外套をその場に置き、落ちていた〈ペイル〉を拾って廃屋へ乗り込もうとした俺に、レーネはそんな言葉を投げかけた。
「いやいや、俺は妹たちが嫁に行くまでは死ぬ気は無いぞ」
「……せめてもうちょっと長生きして?」
「努力する」
珍しく眉尻を下げて抗議したスズに、俺は肩を竦めてそう返した。
まあ、こんなことやってりゃ寿命は縮まるだろうし、身体にもガタは来る。三〇歳ちょいまで生きられりゃ上々だと思っているが、妹がそう言うなら頑張ってみるか。
「レーネ、ミノリの介抱を頼む。マリエのことは任せろ」
そう言い残し、俺は背後へひらひらと手を振ってから、火災現場へと踏み込む。
長生きするためにも、先ずは目の前のことを片付けなきゃな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




