第五話「賊と間違えないで頂きたい」
道中、複数の街や村を経由して宿に泊まりつつも、都合良く中継地点がある訳でも無い場合もある。
ベッヘマーを出て五日後の夕方に差し掛かろうとしていた所で、俺はレーネに野営を提案することにした。
「そうですね、そろそろ野営の準備をしないと暗くなってしまいます」
レーネも同意してくれた。幸いにして街道の外れには森が広がっている。今のうちに焚火のための枯れ枝を集めておかねば。
「……え?」
さて行動に移そうかとしていた所で、何かに気付いた様子のレーネが立ち止まり、音を拾っているのか長い耳の後ろに掌を当てた。
「……どうした?」
俺はその行為を邪魔をしないよう、出来るだけ小さな声で尋ねた。レーネは目を瞑ったまま音を拾っていたが、耳から手を離すと、森のやや前方を指し示した。
「あのやや赤い樹の辺りで、誰かが争っているような声と、金属音がしています。会話はしっかりと聞き取れませんでしたが、盗賊のような話し口でした」
驚いた、指し示した場所は一〇〇メートル位先にある樹だ。そんな所の会話を断片ながらも聞き取ったらしい。エルフはその長い耳のお陰で聴力が良いとは聞くが、ここまでとは思わなかった。
しかし盗賊に金属音か。となれば刃傷沙汰の可能性がある。ここで野営をしようとした俺たちにとっても他人事では無い。
「何者かは知らんが、盗賊だと言うなら俺たちも狙われる可能性がある。助けに行こう。盗賊相手になるが、レーネも戦えるか?」
普段魔物を相手に戦っていても、対人となれば話は別だ。殺人ということになるので躊躇う者は多い。
でも、レーネは俺の言わんとしていることを理解したようで強く頷いた。杞憂だったらしい。
「はい、大丈夫です。急ぎましょう」
すぐに動けるよう荷物を工夫してから、俺たちは杖を握り締め、音がしたという現場へと急行した。
その現場では、確かに盗賊らしきならず者風の男たちが、ある一行を襲っていた。
しかし俺と、恐らくレーネも予想して居なかっただろう。その一行は黒い外套を着込んでフードを被っている女性らしき人と、その護衛らしきバイシュタイン王国軍の鎧を着込んだ騎士たち四名だった。
騎士たちは男性二名、女性二名で編成されている。しかし騎士たちに守られている時点で、あの外套を着込んだ何者かが非常に身分が高い存在である事が分かる。
「くっ、新手か! 魔術師まで居たのか!」
騎士の一人、若い方の男性が俺たちを見て叫ぶ。盗賊と一緒くたにされるのは不服だが、この状況ならば間違えても無理は無い。
では、その誤解を解く為にも働くとするか。
「炎の矢よ、眼前の敵に突き刺さり燃え上がれ、〈ファイア・アロー〉!」
短い詠唱とともに目の前で立ち上った火の矢が、一人の盗賊の横っ面に当たり燃え盛った。顔を燃やされた盗賊はパニック状態になってゴロゴロと転がり、周りの仲間たちの邪魔をしてくれた。下級魔術だが、この混戦では立派に役目を果たしてくれる。
「てめぇ! 何モンだ!」
盗賊たちのうち三人が、粗末な剣を手にこちらへ突撃してきた。上手いことこちらへ意識を引くことが出来たようだ。
俺は素人丸出しの技とも言えないような攻撃を杖で難なく捌いて、逆に蹴りを叩き込み盗賊を次々と大人しくさせる。こんなもの、ミノリの剣技に比べれば児戯ですら無い。
「危ない!」
外套の女性がこちらに向かって叫ぶ。騎士たちを狙っていた盗賊たち六人が、目標を切り替え束になって掛かってきたのだ。
だが、大人しくやられる訳は無い。これも想定内だ。
「我を傷つける魔の力を阻め、〈アンチ・マジック〉」
俺は打ち合わせ通りに、放たれた攻撃魔術を無効化する障壁を自分の周りにだけ展開した。
ちなみにこの障壁では、当然ながら武器による攻撃を阻むことは出来ない。一見すると無防備な俺は、六本の剣で惨たらしく斬り裂かれようとしていた。
しかしそれらは甲高い金属音で次々と弾かれる。結局、俺の身体に傷を付けられた武器は何一つ無かった。
「電撃の網よ、あの者たちを包み込みなさい! 〈スパーク・ウェブ〉!」
盗賊たちの武器が目に見えない障壁に弾かれた直後、レーネの声と共に突如として激しく光を放つ網が俺を中心に広がり、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように、盗賊たちは声にならない悲鳴を上げながら感電したまま藻掻くことすら出来ずに力尽きていった。
俺はと言うと、当然ながら魔術を無効化する〈アンチ・マジック〉を展開していたので無傷である。本当は同等の効果を持つ〈抗魔の魔石〉を持っていれば使う必要も無かったのだが、〈金剛の魔石〉と干渉するのでマジックバッグの奥に仕舞っている。
「す……凄い……」
手際が良かったお陰だろうか、女性騎士の一人から賞賛を頂いた。だがそれは俺にではなく、網を放って一網打尽にしたレーネに言ってあげて欲しい。
光の網が消え去った後に魔術障壁を解除して、残りの盗賊共を騎士たちと一緒に片付ける。逃走しようとした奴等には背後から炎の矢を浴びせてやり、転げているところにトドメを刺す。こう何人も殺すのは正直気が引ける所もあるのだが、こういった輩に情けを掛ければいずれ後悔することは今までの旅で理解してきた。だから手は抜かない。
すべて終わった後、隠れていたレーネに対して、「もう安全だ」と右手の指を揃えて数回折り曲げて合図を送る。そこでようやく彼女は姿を現した。それまで俺にすら全く居場所が分からなかったのは、森の民の為せる業なんだろうな。
次回は一〇分後の21:27に投稿いたします!