第四九話「混沌の種、そして目の前の脅威を」
ガイの胸には、地面を突き破って現れた金色の触手が突き刺さっていた。少し遅かったらミノリも巻き込まれていたに違い無い。
「あ……が…………」
「ふむ、一匹逃げられたか」
胸を貫かれ目を剥くガイを他所に、残念そうにフェロンは肩を竦めていた。
「まあ良い。死にかけ一人分と魔晶半人分。だが素体の魔力は申し分無い。良い作品が出来上がるだろう」
触手に生命力か何かを持っていかれているのか、ガイの身体が急速に力を失っていくのが見て取れた。これは、助からないだろう。
「作品、だと……?」
この場に似つかわしくない単語を放ったフェロンに向けて、俺は渇いた喉から言葉を絞り出した。
「そうだ。エルマーの時は魔晶こそ高品質だったものの、素体の質が悪かったからね。今回は良い魔人が出来上がるだろう」
「………………」
どうやら此奴は、命というものを素材としてしか見ていないらしい。
邪術師が危険な存在であるということが、今ここで初めて分かった気がした。
「リュージ兄、邪術師の考えを常識で捉えちゃ駄目。命を弄ぶ存在だから」
「……そうだな、よーく分かった」
スズの説明に大いに納得した。そりゃ、国家を超えて指名手配とかされる訳だ。
しかし納得がいかない部分がある。此奴は何故、俺を狙ったのだろうか?
「一つ聞きたい。どうして俺を狙った、フェロン」
あの触手と〈神殺し〉の力に護られている以上、最早俺たちは手を出せない。
だが手は残っている。フェロンからの注意を逸らす為、俺は一歩前に出てから奴へと問い掛けてみた。
そんな俺の問いに、今の今まで薄笑いを浮かべていたフェロンの目が、すっと細められる。今まで見せたことのない反応だ。
「付与術師リュージ、君の力が危険なものだから、だよ」
「……危険?」
たかが一介の付与術師が危険だと言うのか? 一体何故――
「君は神の力を持つ魔石を創り出せるだろう? アレが、どれだけ危険な代物か分かっていないのかい?」
「……何故、それを知っている?」
俺が『ギフト』と呼ぶ、神の力を持つ魔石の存在は妹たちとレーネにしか話していない筈だ。一体何故この邪術師がそれを知り得たのか。
「私は邪術師故、神の力を強く感じ取ることが出来る。君の懐からフューレル、シグムント、アウレレ、カシュナートの力をはっきりと感じるんだよ」
「………………」
隠し持っている『ギフト』の魔石をほぼすべて言い当てやがった。まあ、あの〈神殺し〉の邪術が有る以上、初めから此奴に使うことは出来ないのだが。
だが、一つだけ当てられていないな。〈エルムスカの魔石〉は感じ取ることが出来なかったのか? ……いや、今そのことは別に良いか。
「俺を恐れているということか? だがお前は神の力を無効化出来るんだろう? 恐れる必要など無いだろう」
「………………」
俺の問いに答える様子は無く、不機嫌そうにフェロンはマリエの方へと向き直った。どうもまだ、何かを隠しているようだ。
「リュージさん、準備、出来ました」
おっと、丁度フェロンの隙を作ったところで、背後のレーネが小声で呼び掛けてきた。
「チャンスは一瞬だけだ。しくじるなよ」
「はい」
俺はそのまま左に足を動かし、身体を横にスライドさせた。フェロンから見て姿が隠れていたレーネが、奴に対して剥き出しになる。
「うん? 一体何を――」
今までレーネの存在を軽んじ、気にも掛けていなかったフェロン。
それが奴の運の尽きだった。
「マリエを、離しなさい!」
レーネは手にした錬金銃を構え、そして引鉄を引いた。乾いた破裂音が、夕刻の村に鳴り響く。
密度の高い鉛で出来た銃弾が、フェロンの頭蓋へと一直線に空中を翔ける。防御の為に奴は咄嗟に触手を呼び戻したものの、銃弾はそれを上回る速度だったらしく、正確に邪術師の額を撃ち抜いた。
「――かっ」
口腔から空気の抜けるような音を漏らし、フェロンは仰向けに倒れた。
「ミノリ!」
「うん!」
手を出しあぐねていたミノリが、一気にフェロンとの距離を詰めた。主の意識が無くともある程度の防衛機能があるのか触手が地面から迫り出したが、妹は華麗なステップでそれらを躱していく。
「トドメだぁぁぁぁ!」
そんな叫びと共に、ミノリの〈ペイル〉がフェロンの胸に突き立てられた。妹へ襲い掛かろうとしていた触手どもは一斉にピタリと動きを止め、そしてあっという間に萎れてしまった。
「くく……、くくく……、まさか、私が倒されるとは……」
額に銃弾、胸に魔剣を突き立てられたにも関わらず、邪術師フェロンは不気味にもその顔に悦びを表していた。どういう生命力なのか。これも魔晶の力だというのか?
「だが、混沌の種は蒔かれた……。次なる混沌が芽吹き、やがて大陸を覆うだろう。そうなれば、必ずやアブネラ様が……」
「……混沌の、種?」
ということは、他にも邪術師が居るということか? そしてこの口ぶりからすると、邪神アブネラの顕現でも目論んでいるのか?
「おい、フェロン。混沌の種というのは何だ? お前は一体何をした?」
「くく――」
俺の言葉も届かなかったようで、ひとしきりぶつぶつと何かを呟いた後、フェロンは事切れてしまった。その証拠に、俺の身体に〈フューレルの魔石〉の力が戻る感覚があった。
しかし――
「……マリエは、もう駄目か」
「……そうだね」
既に異形と化したマリエへ、哀れみを向ける俺とミノリ。
金色の魔人に変化を遂げ、痙攣を起こしているマリエの身体。腕はエルマーの時と同じく四本に増えており、その指には鋭利な爪が生えていた。
最早、元に戻れはしないだろう。
ならば、引導を渡してやらないとな。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




