第四七話「悪しきその力を使う者に、最早容赦はしない」
ガイに指定された五日後の、夕方。
俺たち四人は、ザルツシュタットからほど近くの、既に廃村と化しているオルト村跡へとやって来た。
「来たか」
予想通り、ガイとマリエがそこに居た。俺たちを睥睨しているガイは兎も角、マリエは居心地が悪そうにしているが。
「やっぱりガイだったか。だが意外だな。お前だったら盗賊の一〇人や二〇人でも雇って待ち伏せしているかと思ったが」
挑発のつもりでそんな言葉を投げたが、ガイは激高するどころか口端を上げて鼻で笑った。おや、なんだこの反応は。気持ち悪いな。
「ね、ねえガイ、本当にやるの?」
「あぁ? 今更怖じ気づいてんじゃねぇよマリエ。奴を殺らなきゃフェロンに残りの金を貰えねぇだろうが」
……奴を、殺る? フェロンに金を貰う?
ということは、俺たちのうち誰かを殺す依頼を、そのフェロンという奴から受けているということか?
……いや、俺の名を叫んでいたそうだし、十中八九俺が標的なんだろう。しかし俺には殺される程に憎まれる心当たりはガイ位しか思いつかない。
「ア、アタシは無理。こんな仕事、手伝えないって」
「チッ……。なら残りの聖金貨三枚は支払わねぇぞ」
震えるマリエに舌打ちしてそう告げるガイ。どうして債務を抱えている側の人間がそんなに偉そうなのか分からない。
「色々聞きたいことはあるが、それはマリエに頼むとしよう。先ずはガイ、お前を大人しくさせてからだ」
俺はそう宣って杖を構えた。ミノリたちも各々の武器を構えている。この距離であれば十分に魔術の詠唱が間に合う。魔術障壁が張られていたとしても、ミノリの剣が待っているしな。
「ハッ、いい気になるなよリュージ、テメェは俺に勝てねぇ」
「お前、この間無様に負けたのを覚えて――」
戯言を一蹴しようとした俺だったが、その言葉は途中で詰まる。
ガイが、一瞬のうちに俺たちの目の前まで肉薄したのだ。
「ぐぅっ!?」
思い切り腹を蹴られた俺は、一〇〇キロある自分の巨体が宙に浮く感覚をはっきりと理解し、次の瞬間には丁度背後にあった廃屋の壁に激突していた。
「リュージさ――きゃあっ!?」
背中を強かに打ち一瞬呼吸が止まったものの、ガイの手で乱暴に投げ捨てられたレーネがもの凄い速度で突っ込んできたため、俺は痛む身体を無理矢理に動かし彼女の身体を受け止めた。あのままだと首の骨を折っていただろう。
「あ、ありがとうございます」
「礼は後だ、今はガイを――」
そこまで言いかけたところで、先程俺たちが居た所から二人分の呻き声が聞こえ、俺は慌ててそちらを向いた。
「……ミノリ! スズ!」
「はっはっはっは! 良いなあ気持ち良いなあ、力ってのはよ!」
見れば、ガイが右手にミノリ、左手にスズの首を掴み、軽々と持ち上げている。二人は掴まれた手を剥がそうと暴れているが、ガイはビクともしない。嘘だろ、スズは兎も角、ミノリは的確に急所へ蹴りを入れて居るぞ?
「ガイ、お前、付与術師が不要とか言いながら、また魔石を使っているのか?」
妹たちが縊り殺されそうになっているが、俺は冷静に懐のある魔石を発動させた。
これは余りに強大な破壊力を持つ為に城で使うことは出来なかった魔石である。十分に力を練る必要があるので、少し時間が欲しい。
「あぁ? 違う違う。俺は付与術なんかよりもっと強い付与の力を得たんだよ、リュージ」
「……なんだと?」
付与術より強い、付与の力、だと?
そんなもの、聞いたことは無い。
俺が困惑していると、ガイは二人を掴んだまま胸を反らした。まるでそこに、何かがあるように。
「このペンダントに入っている『魔晶』の力があれば、俺は魔石を使っていた頃よりも更に強くなれる! 邪術の力は偉大だなぁ!」
「……邪術だと?」
愉快そうに種明かしをしたガイが、高笑いを上げる。
……コイツ、今、邪術と言ったか。
邪神アブネラの力を使う禁忌の邪法、〈神殺し〉の邪術と。
「……ガイ殿、少し、喋りすぎではありませんか?」
「ひっ!?」
「え……なっ!?」
聞き慣れない声にマリエの方へ視線を向けると、今の今まで気配すら無かったというのに、彼女の隣に白いローブの魔術師が佇んでいた。此奴、何時の間に現れた!?
「お前……エルマーと共に居た魔術師か」
「ええ、あの時はご挨拶も出来ませんでしたね。フェロンと申します、付与術師リュージ」
フェロンという魔術師は、まるで道化師のように胸に手を当て大仰な挨拶をして見せた。なんと言うか、人の神経を逆撫でするような男だ。
「フェロンよぉ? まさか俺がしくじるとでも思ってんのか?」
「……いえいえ。ですが、色々聞かれてしまった以上、その娘も含め全員死んで頂かなければなりません。邪術師は日の目を見てはいけませんからね」
……なるほど、此奴が邪術師だったか。
邪術師は邪神を尊び人の命を弄ぶ忌むべき者たちで、その存在が確認されれば国家を超えて指名手配が行われるような事態になる。まさに世界の一大事とも呼べる存在だ。ならば見過ごす道理は無い。
「……チッ、まぁ、仕方ねぇか」
「ミノリ! スズちゃん!」
ガイの両手に力が籠もるのがはっきりと見え、レーネが叫ぶ。
だが、それを許す俺では無い。十分に時間は稼げた。
「…………放て」
俺たちなど全く相手にならないと高をくくっているのだろう。隙だらけのガイに、俺は『ギフト』の産物の一つ、〈シグムントの魔石〉の力を解放した。
次回は明日の21:37に投稿いたします!