第四六話「遂に、奴が来た」
「……なんだ、これは」
俺は精々、目の前の光景にそんな言葉しか絞り出せなかった。
火事の臭いがする、というレーネの言葉に急いで戻ると、畑は焼かれ、働いていた人たちが倒れている。マッドゴーレムたちも壊されていた。
「ミノリと俺は怪我人を運ぶぞ! レーネは薬で治療を! スズも回復魔術使えるだろ、手伝ってくれ!」
呆然とする彼女たちに指示を出し、俺は怪我人の救護に入る。先ずはラナとレナだ!
「ラナ、レナ、何があった?」
俺はへたり込んではいたがさして怪我も無さそうなラナたちの様子に内心少しホッとはしていたが、それでも彼女たちにはショックだろう、出来るだけ慎重に声を掛けた。
「リュージさん……、二人の冒険者さんたちがやって来て、いきなり畑を焼きだしたんです……。止めようとした人たちとゴーレムさんたちが、みんな……」
今にも泣き出しそうだが、泣いている妹のレナの前で弱いところを見せたくないのだろう。ラナは弱々しくも歯を食いしばりながらそう答えた。
しかし、二人の冒険者が、畑を……? まさか、ラナたちに恨みを持つ農家が雇ったのか?
でも、強化したゴーレムを倒せるような高等級の冒険者が、そんなリスクを負うか……?
……いや、今は考えていても仕方ない。
「……そうか、分かった。俺たちは怪我人を運ぶ。ラナたちは立てるようだったら家に戻ってて良い。後は任せろ」
「あっ、リュージさん……。これを……」
救護に回ろうとした俺を引き留め、ラナが一通の手紙を差し出した。
「……これは?」
「その冒険者さんたちが、リュージさんが戻ったら渡せって……」
その手紙の宛名は俺になっていた。差出人の名前は無い。
だが、宛名の筆跡には見覚えがあった。
いつも、魔石を貸与する念書を書かせた時に見ていた、あの字だ。
救護活動は夕方まで掛かったものの、幸いにして命を失ったり後遺症を患ったりした人は居なかった。怪我人を広い自宅へと集め、レーネの薬とスズの回復魔術で治して貰った。
その冒険者を止めようとした人たちは剣で斬られたようで、中には大怪我をした人も居たが、どうも何かで回復している形跡があり一命を取り留めていたようだった。命を奪うことが目的では無かったということか。
……しかし、回復は神術で行ったのだろう。だとしたら、あの女も居るのか。
「レーネ、ミノリ、スズ、お疲れ様。皆さんも無事で良かった」
再び魔石を護るゴーレムを生み出して家に戻った俺はそう声を掛けたものの、畑で働いていた一人の青年に詰め寄られた。
「何が、無事で良かった、だ! あんたの所為で俺たちは襲われたんだぞ!」
ぐうの音も出ない正論に、俺は何も言えなくなってしまう。皆の視線が痛い。多分俺の名前を連呼していたのだろうな。
「リュージ兄の所為って、どういうこと?」
何も知らないミノリが、不安そうな表情で俺と青年とを交互に見ている。
「いきなり来た冒険者が、リュージさんの名前を呼びながら畑を焼き始めたんだよ! 止めようとした俺たちも、武器を持つ相手にはどうすることも出来なかった……!」
悔しそうにそう言って歯軋りする青年。持ち主こそラナたちとは言え、農家にとって畑を焼かれるというのは辛いのだろう。
「え……その冒険者って、まさか……」
顔を青ざめさせたミノリに、俺はラナから受け取った手紙を見せる。
そこには短く、「五日後の夕方、オルト村まで来い」とだけ書かれていた。
「これって……」
「お前の想像通りだ、ミノリ」
唾を飲み込み、渇いた喉から震える声を出したミノリに、俺は静かに答える。後ろのスズもトラウマを呼び起こされたのか、顔面蒼白だ。
俺に恨みを持つ、もっとも心当たりのある人物。
奴はどういう訳か、俺がザルツシュタットに居ることを嗅ぎつけてきたのだ。
「畑を焼いたのは、ガイだ」
「………………」
絶句するミノリ。予想はしていたのだろうけど、まさか居場所が漏れているとは思いも寄らなかったんだろうな。
俺は畑に従事していた皆さんの方へ向き直ると、デカい図体を折り畳んで頭を下げた。
「……今回は、俺の個人的な事情に巻き込んでしまい、申し訳ない」
俺から素直に謝罪されて皆さんは一瞬鼻白んだものの、再び厳しい視線で睨み付けられた。
「またあんなのが来たら困るんだよ! どうにかしろ!」
「そうだ! トラブルの種になるんだったら、アンタたちは出て行け!」
「あ、あんたたちねえ……! そもそもあの畑はリュージ兄の……!」
勝手な訴えに我慢の限界を迎えたのか、〈ペウレの魔石〉のことを話しかけたミノリを手で制する。それは更にトラブルの種になる。話してはいけない。
「……貴方たちの言い分は分かりました。……が、俺たちは出て行きません」
「じゃ、じゃあどうするんだ! ……ひっ!」
喚いた青年の前に、俺は拳を握り、突きつけてみせた。気迫に慄いたのか、青年は顔を引き攣らせてへたり込む。
もう、こうするしか無いのだろう。
「その冒険者――ガイを殺します。それで良いでしょう?」
覚悟の決まった俺の言葉に対し、今度は誰一人として文句の一つも上げる事は無かったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!