第四五話「再び森は不穏な空気に包まれていた」
ラナたちの畑の件を商工ギルドにも相談し、彼女たちの作る野菜は作れる種類や日を制限することになった。
また価格も商工ギルドから年に決まった額を支払うようにしたことで、それほど他の農家と不公平にならないように努力した。結構な金額ではあるのだけれども、生み出された野菜によって莫大な利益が出るので、商工ギルドにとっては十分な利があったために問題無く話は進んだ。
そして俺とレーネも商工ギルドから依頼を受けて、ここ二週間魔石と薬作りに励んでいる。あまり日の光を浴びていないので身体からキノコが生えそうだ。一日に一回は外で鍛錬もしているが、やはりそれだけでは鈍ってしまう。
レーネも何やら不思議な道具を使って戦闘訓練をしている様子だった。手元で指を引くと破裂音と共に遠くの対象を撃ち抜く錬金銃という道具で、昔鍛冶師と力を合わせて作ってみたものの、殺傷能力が高すぎるという恐ろしい理由で仕舞っていたらしい。興味本位で機構を尋ねたら含みのある顔で「秘密です」と言われた。残念だ。
「えーと……〈水準の魔石〉はこんなもんか。あとは〈豪腕の魔石〉……っと」
〈水準の魔石〉は持ち主の平衡感覚を保つ〈水準〉の効果を持つ魔石だ。馬車や船に乗っている間も酔いに苦しまないという、地味ではあるものの素晴らしい効果がある。こちらは船の乗客向けで、〈豪腕の魔石〉は船乗り向けだ。
レーネもレーネで、船酔いに効く薬の他に土壌改良薬を大量生産している。船酔いの薬は言わずもがな船の乗客向けで、肥料は〈ペウレの魔石〉が無くても畑には有効だから農家向けに、という理由である。
「リュージさん、そろそろ塩が足りないので、塩水と燃料を採取したいのですが……」
おっと、そろそろ採りに行かないと駄目か。しょんぼりと耳を下げたエルフがやって来た。
「そんな申し訳なさそうにしなくても良いんだが。俺だって材料は必要なんだし」
「いえ、必要になる数の割合が違いますし、どうしても……」
まあ一工程だけで材料が必要な付与術と、全工程で材料が必要な錬金術とで比べると、どうしてもな。
「まあまあ、どっちみち採りに行くか行かないかの話なんだから気にするなって。今日はミノリたちも高等級向けの依頼が無かったから家に居るし、一緒に行けるか頼んでみよう」
うちの妹たちは、ラナたちと他の農家たちとの問題が片付いたため、最近はザルツシュタットの冒険者ギルドで依頼をこなしている。
と言っても何でもかんでも受けて居るわけではなく、高等級向け以外の依頼は無視している。でないと低等級の冒険者が育たないからである。
それに時々第六等冒険者パーティなどを手伝っているそうで、うちの妹たちも人を導く立場になったかと少し嬉しくも寂しい気持ちになっているのは秘密だ。
「採取? うん、いいよ。スズも良い?」
「ん。魔術師も身体動かさないと、鈍る」
ミノリの部屋で二人仲良く背中を合わせて本を読んでいた姉妹が、顔だけこちらに向けて答えた。スズは兎も角として、剣士のミノリも読書家なのだ。
採取への同行は快諾して貰えたし、それじゃ行くとするか。
「……おかしい」
森に入ってすぐにその違和感はやって来た。
「確かに、おかしいですね……」
そう言ったレーネだけでなく、ミノリとスズも違和感を覚えているようだ。油断なく辺りを窺っている。
妙に静かで、動物の気配が無いのである。初夏の森とは思えない様相だった。
「まさか、また熊が?」
「……かも知れない。みんな、慎重に行くぞ」
俺は荷車を引き、皆を先導する。先頭から何か来たら俺が対応しなくてはならないので、杖は荷車でも手の届く所に置いてある。
幸いにして塩水湖までの往路では何にも出くわすことは無く、塩水を汲み、採取を行いながら復路を進む。
そして、其奴等は現れた。
「………………」
「………………」
絶句する俺たち。
「き、金色の魔獣が、二匹も……?」
ミノリがやや呆れ混じりに驚愕したのも無理の無い話で。
そう、そこでは金色のリスと金色の蛇が、熾烈な戦いを繰り広げていた。俺たちは蚊帳の外である。
「……いえ、三匹……正確にはもう一羽ですけど、居ます。あれは金色ですけど、カラスですか」
「あ、ほんと」
一度振り返ってレーネとスズの指さす方向を追ってみると……なるほど、金色のカラスが居るな。コイツも魔獣ということか?
「……処分した方がいいのかな……?」
「ま、まあ、生態系を壊すから処分した方がいいね。ただ、この二匹と一羽だけとは限らないのが……」
疑問形のミノリに、何とも言えぬ調子でレーネが答える。こんな光景は今までに見たことが無いのだろうから仕方ない。俺だってそうだ。
魔獣はイレギュラーに生み出された存在でありながら、生態系の頂点に位置してしまう生物である。その為、本来頂点に居る筈の鷹や熊などが襲われ生態系が狂う……と『先生』に教えて貰った覚えがある。だから処分しなければならないのだ。
「……取り敢えず、スズはカラスの方を。ミノリは蛇を頼む。俺とレーネはリスだ」
「うえー、あたし蛇なの?」
「我慢しろ」
愚図る妹の尻をぴしゃりと叩きながら、俺は杖を構えた。
「この魔獣にも、針か……」
魔獣に奇襲を掛けて倒した俺たちは、其奴等の身体に刺さっていた金色の針を見つめ、唸っていた。熊に比べれば雑魚でしか無かったものの魔術耐性を持っていて再生もするのは相変わらずで、まずはレーネの薬品で焼いてから始末した。
「熊の時は疑いでしかありませんでしたが、これで明らかになりましたね」
「ああ、この針で魔物化するんだろう。どういう原理かは分からんが」
レーネもその答えに行き着いていたらしい。まあ、自明の理であるが。
「問題は、誰が何の目的でやったかだと、スズは思う」
スズは相変わらず眠たげな目でそう宣った。実験が目的なら熊の時に終わっているだろうしな。
「行きは居なかったのに現れたからな……、まるで――」
まるで、俺たちを妨害するかのように?
何の為に、妨害をした?
「……リュージさん、家に戻りましょう。嫌な予感がします」
「……俺もそう思う」
俺たちは荷車へ魔獣の死骸を載せると、採取もそこそこに自宅へと戻って行った。
次回は明日の21:37に投稿いたします!