第四四話「ザルツシュタットが廃れきっていない理由はここにあった」
※リュージの一人称視点に戻ります。
「やあ、すまない。お待たせしてしまったね」
応接間に通されレーネと二人で待っていたところ、四〇歳くらいの気さくな感じの方が、頭を下げながらやって来た。あまり貴族には見えないのだが、このお方はれっきとした侯爵である。
「いえ、そんな事は御座いません。お忙しい中こうしてお時間を作って頂きありがとうございます」
「ふふ、礼儀正しい青年だね。おっと自己紹介だ。私がヴァルター・フォン・ライヒナーだよ。光栄にも国王陛下からは侯爵という地位を賜っている。よろしくね」
「リュージです。第三等冒険者の付与術師です」
「レーネと申します。同じく第三等の錬金術師です」
立ち上がって自己紹介を済ませた俺たちは、「まあまあ座って」と言われ、改めて腰を下ろした。平民相手に気さくな方だ。エルマーとはえらい違いで涙が出そうだ。
「君たちのことは陛下から頂いた文にも書かれていた。優秀な付与術師に錬金術師だとね」
「光栄ですね」
「それに――領内では噂になっているが、一晩で作物が実る畑を生み出したとか」
ライヒナー侯の瞳がキラリと光る。まあ、領主だったら既にその話も耳に入っているか。
「お陰で流通こそまだ戻っていないものの、野菜については領内で多く出回ってくれている。良ければ他の畑も、同じような処置をしてくれないか?」
「そうしたいのは山々ですが……申し訳御座いませんが不可能です。出来たとしても運次第となってしまいます」
俺としても何とかしたいが、『ギフト』の効果を持つ魔石は狙って生み出せるものではない。
そう答えると、割と深刻な悩みなのかライヒナー侯は溜息を吐いてしまった。
「そうかー……、実は他の農家から悲鳴が上がっていてね、何とかしたいのだけど……」
そりゃ、一晩で作物が出来る畑が生まれてしまっては、他の農家は商売あがったりだからな。自分の農地を棄ててラナたちの下で働き出した農家も多いらしい。賢明な判断と言える。
が、先祖代々伝わる土地を棄てたくない、という農家だって多い。そんな人たちは売れないと分かっている野菜を作り続ける訳だから、俺たちやラナたちに恨みを持ってしまっている可能性も十分にある。それもあるので、今はミノリとスズが付きっきりでラナたちを護衛してくれている。
「……まあ、その話はまた後、と言う事で、今は港の事だね。君たちが国王陛下に掛け合ってくれたお陰で、港が復旧される目途が付いた。ありがとう」
「いえ、流通が戻れば俺たちにも恩恵がありますので」
「君たちは付与術師に錬金術師だしね。魔石や薬を購入してくれるお客さんが居ないのは死活問題だもんね」
主に魔石や薬を購入していくのは冒険者である。街に勢いが無ければ冒険者は出て行く。だから街の趨勢が重要になってくる、という訳だ。
「計画では、三ヶ月後には港の復旧が終わるだろう。半年以上も復旧出来なかったというのにこうして急ピッチで直すことが決まるとはね。夢みたいだよ」
ライヒナー候も手元のお金だけで直そうと必死に遣り繰りしていたのだろうけど、人が出ていく一方だから税収も減ってしまったらしい。俺たち冒険者も所属しているギルド経由で決して少なくない税金は納めているし、冒険者が減っていることも一因なのだろうな。
「港が復旧されれば、海外との取引も再開されるのでしょうか?」
「まあ、それは船乗りさんが戻ってくるかとか別の話になってはくるけどね。国王陛下主導で港が復旧されることを大々的に宣伝すれば、また大陸南西部一の港として栄えるだろう」
「それはありがたいですね、レーネ、集まるまでに船乗り向けの魔石や薬を作っておこう」
「あはは、リュージさんは早速商売に目を向けているんですね」
レーネとライヒナー候に笑われてしまった。そりゃな、俺たちは工房を構えたのだし、稼ぐために動いて行かなければ。王女殿下の依頼を遂行したからと言って慢心していたら、すぐにお金は飛んでいってしまう。
俺たちは最後にラナたちの畑を今後どう扱ってゆくかの話をライヒナー候と詰め、領主の館を後にした。
「良い領主様でしたね」
「ああ、ライヒナー候でなければ、とっくの昔にこの街は荒廃していただろうな。ああいう領主様が居ると分かるお陰で、俺たちもお力添えをする気になれる」
災害を機に、己の生活水準を落としたくないが為に重税を課す領主だって居るだろう。港の復旧に向けてライヒナー候も税率を上げざるを得なかったようだけど、きちんと皆の前に現れてお願いに回ったんだそうだ。今回の国王陛下のご支援で元に戻せると安堵していた。
「さて、商工ギルドへ向かうか。ラナたちの件を片付けないといけないからな」
「そうですね」
俺たちはライヒナー候から商工ギルドに向けた手紙を預かっている。港についての諸々と、ラナたちの持つ畑についての処遇が書かれている。このままでは火種でしか無いから、領主様が介入してくれるのは有難いことだ。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




