第四三話「幕間:追い詰められた第六等冒険者の話」
※三人称視点です。
「クソッタレ! なんで上手くいかねぇんだ!」
ベッヘマーの冒険者ギルド、その酒場スペース。
ガイはエールの入ったジョッキを片手に、一人喚いていた。関わり合いになりたくない周りの冒険者たちは、彼から席を離している。
リュージとの決闘の後、ガイは第四等ではなく第六等冒険者にまで落とされた。
その理由は、決闘の際にマリエとショーンの力を借りたから、である。同様に彼女等も二等級下げられ第四等まで落ちている。ショーンに至ってはガイを見限り、既にこの街を出てしまっていた。
「〈覇者の剣〉は折れちまったし、マリエには金貨五〇〇枚分の借金がある……。第六等の依頼で返せる訳が無ぇだろ!」
ガイは念書も無い状況だったためにマリエからの借金を踏み倒そうとしたが、彼がマリエから五枚の聖金貨を奪ったことについて証人は山ほど居り、ギルドマスターであるイーミンに圧力を掛けられて正式に念書を書かされてしまったガイに逃げ場など無い。借金がある冒険者が、債権者に無断で活動場所の転籍を行うことは許されていないのだ。
そんな状況で彼に仕事を依頼するような愚かな者も居る筈も無く、仕事も無いままにガイは追い詰められていたのだった。
「どいつもこいつも、あのリュージの所為だ。それだけじゃねぇ、スズの奴もミノリの居場所を素直に吐いていれば俺がこんな目に遭うことは無かったんだ! クソッ! クソッ!」
毒づいて、テーブルを叩き続けるガイ。
そんな彼の元へ、一人の白いローブを着込んだ魔術師風の男が近づいていた。
「お困りのようですね」
「……あぁ? 誰だテメェ」
突っ伏していたガイが声の方へと視線を向ける。魔術師はそれに答えることもなく、音も無く彼の正面の椅子に座った。
「宜しければ、聖金貨五枚をお譲りしても良いですよ?」
「……何が目的だ?」
幾らガイでも、そんな美味しい話など有る訳が無いと感づいている。目の前に座る胡散臭い魔術師を、彼は視線で射殺さんばかりに睨み付けた。
「フ、〈ベルセルク〉の名の通りにいい目をしている。安心してほしい。間違い無くここに聖金貨はあるのですから」
魔術師は取り出した金貨袋を逆さにして、ゴトゴト、と重厚な音を立てながらテーブルの上へ無造作に見せた。大ぶりの金貨は間違い無く聖金貨と呼ばれる代物で、五枚どころか一〇枚あり、ガイは一気に酔いが覚めた。
「お、おいこれ、マジで聖金貨じゃねぇか! っておい! 貰えるんじゃなかったのかよ!」
手に取ろうとした所で、魔術師が身を乗り出して腕だけで聖金貨を覆い隠してしまったため、ガイが文句を垂れる。
「まさか、貴方も言ったでしょう? 何が目的だ、って。これは依頼達成の際にお譲りします」
魔術師は苛立つガイに向けて一本の指を立て、聖金貨を片付けながらそう嘯いた。
「……依頼? 今の俺に、依頼をするってのか? 第一、何故ギルドを通さねぇんだ?」
通常、冒険者への依頼はギルドを通して行われる。それが特定のパーティを指名した依頼にしても、である。ギルドが関与していない依頼では冒険者は功績を認められることが無いため、等級を上げることが出来ないからだ。
「一つ目の質問は、貴方でなければ駄目だからです。そしてもう一つの質問ですが――」
金貨袋を仕舞い、魔術師はテーブルへ顔を乗り出してガイに顔を近づける。
「これは、公に出来ない依頼だから、ですよ」
「……おい、それって」
ガイは目の前に居る魔術師の言った事の意味を理解し、息を飲んだ。
「ええ、そうです。貴方の思っている通り、非合法な依頼ですよ。これは、貴方もよくご存知の、とある付与術師の暗殺依頼なのですから」
「……まさか!」
「そのまさかです」
その瞳に復讐の炎を宿して立ち上がったガイに対し、魔術師は口角を上げて頷いた。
「私のことは『フェロン』とお呼び下さい。前金は聖金貨二枚と、付与術師リュージ、そして剣士ミノリの居場所についての情報です。如何ですか?」
破格すぎる依頼料と前金、そして復讐の機会に、ガイは一も二も無く飛びついたのであった。
「やっと大人しくなったぞ」
「元第二等冒険者もああなっちまえば哀れなもんだな。とうとうおかしくなったのか」
ガイの二つ隣のテーブルでガイの奇行を見守っていた二人の冒険者は、声を潜めてそんなことを話していた。
「ああ、まるで誰かと話しているようだったが……幻覚でも見えていたようだな」
「四つも等級を落とされた上に大きな借金までこさえたんだ。ああもなるってもんさ」
冒険者たちは狂喜とも言える薄笑いを浮かべているガイに対して、哀れみの視線を向けていたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




