第四一話「その化け物と戦うのは、初めてではなかった」
「……これは……?」
レーネが導いたそこは、謁見の間だった。俺は目の前で起きていることに戸惑いの声を出す。
倒れ伏す近衛騎士たち。その中にはホフマン騎士団長の姿もある。中には大きな怪我を負っている者も居るようだ。
そして謁見の間の中心では――
「まったく! 近衛騎士を鍛え直さんといかんな!」
陛下がそんな文句を口にしながら、俺と同じほどのデカブツと斬り結んでいた。そのデカブツは四本の腕を持つ人型をした金色の化け物で、圧倒的な手数で陛下へと拳の雨を降らせている。
それらの拳を陛下は冷静に弾き返し、あろうことか逆にその多すぎる腕へと斬りつけていた。なんという剣技か。こんな状況で無ければ見惚れてしまうだろう。
しかしながらそんな暇は無い。陛下をお助けしなければ。
「陛下! ご無事ですか!」
「む、リュージに、ミノリたちか! 助かる! 可能であれば余と三方から攻撃し此奴の動きを封じるぞ!」
呆れることに陛下は俺たちだけに任せず御自ら戦うことを止めないらしい。まあ戦争でも先頭に立ち指揮を執っているのだからさもありなんという印象ではあるが。
「御意に! ミノリと俺は化け物に直接攻撃をして陛下を護る! レーネとスズは離れて援護を! 王女殿下へこのことをお伝えください!」
衛兵さんが慌てて駆けていく所を見届けてから、俺は杖を放り投げ、徒手空拳で最初から〈フューレルの魔石〉の力を使うことにした。レーネとスズは後衛要員なので、実質俺がミノリと一緒に直接攻撃に回らねばならないからである。
それに、この化け物は普通じゃない。出し惜しみをしていたら倒れている近衛騎士のようにやられてしまうだろう。
ミノリは早速二振りの魔剣、〈ペイル〉と〈ヤーダ〉で斬りつけ始めた。俺もその左側、金色の化け物の左後ろに回って横蹴りを叩き込む。反応が重いな、食らってバランスを崩すかと思ったのにこの化け物は微動程度しかしない。〈フューレルの魔石〉を使ってこれなのか。
「この化け物は妙な毒の吐息を放つ、気を付けよ!」
「承知いたしました!」
それでか、近衛騎士の皆さんが倒れているのは。そんな四本の腕と毒の吐息の攻撃をいなしながら戦い続ける陛下こそ、畏れながら化け物と言っていいかも知れない。……本人に言ったら喜びそうだけど。
しかし、陛下とミノリの斬撃を受けても再生している。この化け物、もしかして――
「……リュージ兄! コイツあの熊と……!」
「ミノリもそう思うか! あの化け物と同じだ!」
そう、見た感じは魔人ではあるものの……此奴は恐らく、いつかザルツシュタット近郊の森で出会った黄金熊と同じ部類の存在だ。
「其方等、この化け物に覚えがあるのか?」
「はい! 似たような存在を見たことが御座います。ただ、相手は熊でしたが……!」
己の攻撃の手を緩める事無く、陛下の問いに答える。ええい、堅い。こりゃ拳での攻撃は難しい。蹴り主体で行かねば。
と、いきなり化け物がこちらを向き、口を開いた。毒を放つつもりと理解した俺は、素早く横にステップしてそれを躱そうとする。
「うおっ!?」
一瞬前まで俺が居た所を、凄い勢いで紫色の瘴気が通り過ぎた。危ねえ!
「ヘイ……ミン…………ゴトキガ…………」
こちらを向いた化け物が何かを口走った。……「平民如きが」と言ったのか?
ちらっと見えた顔といい、此奴、まさか。
「陛下、まさかこの化け物はエルマーですか!?」
「その通りだ! どういう訳か魔人となっているが、間違い無い!」
魔人。魔物化した獣が魔獣ならば、魔物化した人は魔人である。
だが、捕らえられ地下牢に居たエルマーが、どうして魔物化するような魔力を浴びたというのか? 陛下ではなく俺にご執心の化け物が繰り出す四本の腕と、時々襲い来る毒の吐息を躱しながら考えるが、全く理由が分からない。
「ちぇぇぇい!」
危うく抱きすくめられそうになった所をスウェーバックして、化け物の腕を渾身の前蹴りで弾き上げる。
化け物がバランスを崩し、腕を広げたたところを好機とばかりにミノリと陛下が後ろから思い切り切りつけた。四本の腕のうち、下の二本がゴトリと落ちる。
しかしそれも再生を始めてしまった。ええい! 面倒な奴め!
「むぅっ! これでも再生をしよるか!」
「傷口を焼かない限り再生をします! ですが……」
「屋内だからな……」
陛下も俺の言わんとしたことを理解したようで唸っていた。そう、こんな所で火なんて使った日には火事になるのが目に見えている。特にレーネの超強力な薬品なんて使ったら、あっという間に火の手が回るだろう。城自体は石造りであるものの、引火物が多すぎる。
……引火させずに滅ぼすことも可能な、『ギフト』の魔石もあるっちゃあるが、アレはアレで城を崩しかねない危険なモノだ。使えない。
陛下と俺たちは条件が限られた中で、魔人エルマーとの戦いを続けるのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!