第四〇話「万事解決……とはいかない訳か」
※リュージの一人称視点に戻ります。
「此度は本当にありがとうございました。皆様方には父上だけでなくわたくしの命までも助けて頂けたこと、王女としてではなく一人の人間として心の底からお礼申し上げますわ」
激動の夜から明けた翌朝、俺たちは応接間にてツェツィ様からそんな御言葉を賜っていた。今日は王女殿下の隣には侍女だけでなくディートリヒさんも一緒に侍っている。念の為に警備を強化しているらしい。
「いえ、勿体なき御言葉です。計画が上手く行って良かったですよ。なあみんな」
「はい、まさか幻覚剤があのように役立つとは思っていませんでしたけれど」
思わぬ薬の使い途を見つけて、複雑な表情を浮かべているレーネである。元々自白に使う為に幻覚剤を持ち歩いている訳ではなかったのだ。
「ミノリさんも、スズさんもありがとうございました。お二人に護られていたので、わたくし暗殺者が来ても安心しきって眠ったままでしたわ、恥ずかしい」
「いえ……御言葉ですがツェツィ様。流石にあれだけあたしが暴れたのに起きられないのは少し……」
恥ずかしそうに縮こまるツェツィ様へ、若干ぬるーい視線を向けているミノリが居た。
昨晩、暗殺者に対抗するため俺が国王陛下、ミノリとスズが王女殿下の寝室にそれぞれ潜んでいたのである。
そして陛下と殿下のお二人にはあらかじめ〈金剛の魔石〉を隠し持って頂いた。そのお陰で暗殺者の刃を容易く防ぐことが出来た、という訳だ。
「でも、宜しかったのでしょうか? リュージさんのご厚意とは言え〈金剛の魔石〉をお譲り頂いても」
「また作ればいいだけですからね。まあ少々触媒は手に入りにくいですが、この城下町で買えるでしょうし問題はありません」
〈金剛の魔石〉作成に必要な薬草類は大陸の北方でしか手に入らない貴重なものだ。だがメジャーなものではあるし、王都だったら売っていてもおかしくはない。
「エルマーはこの後、どうなるのでしょう?」
「……尋問の後、反逆、王族暗殺幇助などの罪で絞首刑となるでしょう。大公と言えど、今回のことは重罪ですので逃れ得ることは出来ません。シュテルン家も取り崩されてしまうでしょうね」
ミノリが今回の黒幕の処遇について尋ねると、ツェツィ様は顔を曇らせてしまった。優しい姫君であらせられるが故に心を痛められているのだろうな。
「暗殺で得をするとなると、国外の勢力でしょうか。やはりグアン王国とか……」
山岳国家のグアン王国は海に面した土地を求め、歴史的にも度々バイシュタイン王国に攻め込んできている国だ。ミノリの言う通り、最も怪しいのはグアン王国と言っていいかも知れないが――
「いえ、それについて答えを出すのは些か早計でしょう。考えたくはありませんが、東のデーア王国や北のゴルトモント王国も、裏で何か策略を巡らせていることだって十分考えられるのです。まずはエルマーから事情を確認せねば、何とも言えませんね」
バイシュタイン王国は、俺たちの居たベッヘマーが属しているデーアと北方のゴルトモントとは友好関係にある。俺とレーネが初めてツェツィ様をお助けした時も、お忍びでデーアと友誼を結びに行った帰りだったらしい。
何れにせよ、エルマーの背後関係が分かれば自ずと明らかになるだろう。平民である俺たちが気にする所でも無いんだろうな。
「……さて、わたくしはそろそろ失礼させて頂きますわ。宰相不在で父上の政務も滞る可能性が御座いますし、わたくしもお手伝いしなければ――」
ツェツィ様がそこまで言ったところで、椅子を跳ね飛ばすような勢いで、いきなりレーネが立ち上がった。室内の注目を浴びているが、彼女は全く気にすることなく耳の裏に手を当てている。
「……何かあったか?」
「城内が騒がしいです。何か起きています。何かを破壊するような音まで聞こえます」
俺の問いに、中空を見つめたままレーネが答える。エルフの耳が何か騒ぎを聞きつけたのか。
「ディート、確認に行ってくれる?」
「いえ、ツェツィ様。御身を狙った手の者が騒ぎを起こしているかも知れません。今私がお側を離れるのは得策では無いかと。――衛兵! 入れ!」
「はっ!」
ディートリヒさんの判断で、扉の向こうに居たらしい衛兵の一人が入ってきて、お二人に敬礼する。
「城内で起きている騒ぎを把握したのち、ここへ戻り報告せよ」
「ディートリヒさん! あたしも行きます!」
ミノリが二振りの剣を背負い、立ち上がった。只事で無いと妹は睨んでいるのだろう。
でも、妹一人に行かせる訳にはいかない。
「俺たちも向かおう、嫌な予感がする。ツェツィ様は衛兵を集めて守りを固めてください。レーネもスズも良いか?」
「はい、私なら正確な位置をお伝え出来ると思いますし」
「スズも問題無い。行こう、リュージ兄」
俺たちはツェツィ様とディートリヒさんを残し、レーネの案内で衛兵の一人と共に騒ぎの中心地へと向かったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!