第四話「こうして俺たちは新天地へと旅出つことになった」
レーネと二人、冒険者ギルドでパーティ脱退と活動拠点の異動の手続きをしたところ、受付嬢が慌ててギルドマスターを呼びに行った。まぁ、第三等が二人異動するのだ。多くの冒険者を纏める立場としては由々しき事態なのだろう。
「おいリュージ! 〈ベルセルク〉を辞めて町を出て行くというのは本当か!」
「どうも、ギルマス。本当ですよ」
血相を変えてやって来た初老の男性、ベッヘマーの町の冒険者ギルドを纏めているギルドマスターのイーミンさんに、俺は軽いノリでそう返した。
「一体、何だって言うんだ……? お前がミノリとスズを残して居なくなるっていうのか? それにレーネまで……お前だって優秀な錬金術師だってのに」
「あはは……、優秀って言ってくれてありがとうございます。でも、私、マリエに要らないって言われたので……」
もう決心はついたとは言っていたものの、まだ先程のことを引き摺っているレーネは複雑な表情で弱々しく笑った。
イーミンさんは、俺、ミノリ、スズの三人が三年前この町に来た時からよく目を掛けてくれている、お世話になった方だ。そんな方を混乱に巻き込んでしまうのは心苦しいが、俺は先程ガイとマリエに告げられた懲戒処分について詳らかに話した。
「……まぁ、ギルドとしてはパーティ内での諍いには首を突っ込まない方針だが、馬鹿なのか、アイツ等は……。どれだけリュージやレーネの力がパーティに重要なのか、気付いていないのか」
「ガイの方は馬鹿……と言うか、アイツはミノリにちょっかい出してましたからね。兄貴分の俺が目障りだったんでしょう。マリエの方は、金が目的のようですが」
追放されたのならば出て行かざるを得ない訳だが、残していくミノリとスズにとって、俺は兄のようなものだ。九年前に故郷を出た時から俺にとっても大事な妹たちである。
だから、このまま別れる訳にはいかない。
「ギルマス、これを。ガイたちにはバレないタイミングで宜しく」
俺は懐からあるものを取り出し、周りから見えないようにイーミンさんに手渡した。ギルマスはその意図を理解し、一目見てからすぐに懐へと仕舞った。
「……あぁ、分かった。これから何処へ行くつもりだ?」
「……まあ、ちょっと遠い町で腰を落ち着け、二人で工房を構えようと思ってます」
本当は西の隣国バイシュタイン王国の、魔石の鉱山が近い街道の中継地点のザルツシュタットという港町まで行き、そこで工房を構えることは二人で決めてある。イーミンさんになら場所を教えても良いのだけれど、何処で誰の耳に入るかも分からない。それが巡り巡ってガイの耳にまで辿り着くのは避けたい理由があるのだ。
「ついさっきまで知り合い程度の間柄だったとは思えん行動力だな、二人とも……」
呆れられてしまった。言っていることは分からんでも無いが。
「じゃあ、荷物纏めて早速明日出発しますよ。ギルマスもお元気で」
「お世話になりました、イーミンさん。職員の皆さんもお元気で」
手続きを終えた俺は軽く手を上げただけだが、レーネの方はと言うと深々と頭を下げている。エルフが揃って高慢だというのも眉唾らしい。勉強になるな。
「ああ、達者でやれよ。ミノリとスズのことについては任せろ」
「お願いします」
何ともあっさりとした別れではあったが、俺とレーネの二人は揃って商工ギルドでも同じようなやり取りをした後、新天地への旅を始めることにしたのだった。
二人で相談した結果、費用削減の為にザルツシュタットまでは徒歩で行くことにし、俺たちは翌朝町の西門前で待ち合わせてから出発した。半月ほどの長旅になるが、まあ仕方有るまい。
まさか昨日の朝にはこんなことになるとは思っても見なかったが、人生とはこんなものなのかも知れない。まだまだ青二才の俺が言うことでも無いのだが。
「そうですか、リュージさんは遙か東方の生まれなんですね」
「ああ、大陸の東の端っこにあるサクラっていう帝国。国名は国花でもある桜という花が由来で、今の時期に丁度咲いてるな」
町を出てから、俺たち二人は互いのことを教え合っていた。思えばギルマスの言う通り知り合い程度だったので相手のことを何も知らないのである。
「桜、ですか。知らない種類の花ですね……」
「花、というか樹だ。ピンク色の花を付けて、春に見事な景色を見せるんだ。まぁ……内乱があったので、その景色が今も見られるかは分からないけれども」
「内乱があったんですか?」
「ああ、一二歳の時に親を亡くした俺は、内乱で同じように家族を亡くした天涯孤独の妹分を二人抱えて国を出たんだよ。そこからはまぁ、暫く大変な日々だったな」
食う物にも困り、ミノリとスズを食わせるために盗みを働いたこともあった。そして捕まり酷い仕打ちを受けたこともあった。
でも、俺たちがこうして今も生きているのは――
「その後、三人纏めて『先生』に拾って貰い、生きる為の技術を教えて貰った。『先生』は厳しかったけれど、俺たちが冒険者としていずれ働けるように適性を見抜いてくれて、そして俺は付与術をやっている訳だ。デカい図体してるのに魔術師になれってのは何かの冗談かと思ったが、今じゃ天職だ」
くっくっく、と含み笑いをする俺に、不思議そうな視線を向けるレーネ。
「『先生』?」
「結局、最後まで名前は教えて貰えなかったから、『先生』だ。レーネと同じエルフ族だったよ」
そう、『先生』はエルフ族だった。だからこそ――
「……恩を受けた『先生』がエルフ族だったからこそ、君のことを放っておけなかったのかも知れない。君が君の正当な価値を理解しない者たちに良いように扱われるのが、我慢ならなかったんだ。だから――俺の自己満足に付き合わせてしまって、すまない」
俺は思わず立ち止まり、同じく立ち止まったレーネに向かって頭を下げた。
そして頭を上げると、レーネは暫しぽかんと口を開けていたが、突如として顔を真っ赤にし、視線を逸らしてしまった。
「も、もう! 止めてください! 私たちは似たもの同士なんですから、そんな事を気にしないで!」
「え? あ、ああ、分かった」
口ではああ言っているが怒っている様子も無いし、照れているのだろうか? 長い耳まで真っ赤になっている。
どうやらエルフというのは照れ屋らしい。これも勉強になった。
次回は一〇分後の21:17に投稿いたします!