第三九話「幕間:謀略の夜と宰相の末路」
※三人称視点です。
リュージたちが囚われ、そして脱獄したその晩のこと。
静かな城内の廊下を、複数の僅かな足音たちが進んでいた。
「……妙だな、静か過ぎる」
違和感を覚えた暗殺者の一人が、眉を顰めた。まさか国王も昨日の今日で暗殺者が再び乗り込んでくるとは思ってもみないだろうと高をくくっていた彼らでも、手薄過ぎる城内の様子に何か嫌なものを感じていた。
「戻りますか?」
「いや、命令だからな。それに今晩は王が深酒をするように仕向けているし、絶好の機会とも言える。速やかに任務を遂行するぞ」
「了解しました」
暗殺者たちのリーダーの言葉に、部下たちは短くそう返した。五人ののうち一人が騒ぎを起こして注目させている所で、リーダーと一人が王の寝室へ、もう二人は王女の寝室へと向かう手筈になっている。
そうして目的の寝室前へ到着すると、暗殺者の一人はわざと見つかるように灯りを付けて近づき、寝室前の衛兵を誘い出した。
「よし、今のうちだ。手筈通りお前たちは王女の方へ」
リーダーの言葉に、声も無く二人は頷いて王女の寝室へと向かって行った。それを見送ったリーダーともう一人は、静かに衛兵の離れた王の寝室のドアを開ける。
暗殺者たちの予想通り、ゲオルク王は大いびきをかきながら寝こけていた。何とも無防備なその姿に彼らはほくそ笑む。
そして速やかに王の前へと立ったリーダーが、手にした短剣を振り下ろす。
甲高い音と共に、それは弾かれた。
「なっ!?」
余りに予想外の展開に虚を突かれたリーダーが声を上げる。
だが、一瞬の隙を許す〈英雄王〉ではなかった。布団を跳ね上げて暗殺者のリーダーに被せると、よろめいた彼の腹に渾身の拳を叩き込んだ。
「がっ――」
布団を被ったままのリーダーが頽れる様子を最後まで見届けることなく、もう一人の暗殺者が慌てて寝室から出て行こうとした。
「何処へ行くんだ?」
それを阻むように仁王立ちした巨漢の姿に一瞬立ちすくんでしまった暗殺者は、次の瞬間、部屋の反対側まで吹き飛ばされていた。
「陛下! 再び曲者が乗り込んできたというのは本当なのですか!」
謁見の間に飛び込んできた宰相のエルマーが、息を切らせて開口一番そう尋ねた。
「ああ、そうだ。幸い事無きを得たがな。ツェツィも狙われたが、あちらも無事だ」
「そ、そうでしたか……。まさか昨日の今日で乗り込んでくるとは思いませんでしたが……衛兵は何をしていたのだ! あの平民共が脱獄したという話も聞いておりますし、奴等の手引きでしょう! 早急に指名手配し捕らえましょうぞ!」
そう早口で憤慨するエルマーを玉座のゲオルク王は目を細めて眺めていたが、やれやれといった様子で大きく溜息を吐く。
「エルマーよ、小賢しい演技はよい。貴様の差し金だろう?」
「……は? 何を仰るのですか、陛下よ」
寝耳に水、という様子で、まるで自分が疑われていることを微塵も考えていなかったエルマーが目を丸くした。
実際は王の言う通りに彼の子飼いの暗殺者たちが起こした犯行ではあったのだが、彼らには魔術的な制約によって真実を語ることを許さぬように縛り付けていたため、どう足掻いても裏切ることは出来ないことをエルマーは知っていた。だからこそ、証拠も無しにゲオルク王がそんな事を宣うとは思っても見なかったのである。
戸惑うエルマーを他所に、ゲオルク王は大きく二回手を叩いて見せた。
すると、横の扉から黒装束の男たちを引き摺って現れた衛兵と、エルマーが先程まで血眼になって探していた脱獄犯たちのうち、付与術師の男と錬金術師の女、魔術師の女の三人が現れた。
「なっ! きっ、貴様等は!」
「よぉ、宰相閣下。話は此奴等に聞かせて貰ったから、演技はもう良いぞ」
そう言って、衛兵が拘束したままの暗殺者を指し示したリュージが不敵に笑う。
(馬鹿な! 此奴等は万が一にでも喋らないように魔術を掛けているのだ! ハッタリに決まっている!)
そんな言葉を飲み込みながら、エルマーは「どういう意味だ」としか答えられなかった。
「あんまり第二等の魔術師を舐めるなよ? 魔術制約は妹に解除して貰った。それに自白を仕向ける薬を使って、色々と喋って貰ったんだ。陛下の前でな」
「なっ――」
思わず驚愕に声を上げてしまったエルマーが慌てて自分の口を塞いだ。しかしもう遅い。その態度だけで暗殺者との繋がりを認めたようなものであった。
慌てて宰相は踵を返したものの、謁見の間の出口である扉の前では、脱獄犯のうち残りの一人である剣士の少女が双剣を手に佇んでいた。全く隙の無いその姿に、通り過ぎようとでもすれば切り刻まれる未来しか見えないエルマーが息を飲む。
「もう終わりだよ、エルマー。今度はアンタが牢に入る番。運が良ければ外に出られるけど、そこは絞首台かも知れないね」
今朝の意趣返しとばかりに、ミノリはニヤリと笑ってみせたのだった。
「くそっ! どうしてこうなったのだ!」
地下牢に送られたエルマーは、屈辱の余り石壁を叩いてそう喚いていた。彼の子飼いである看守は既に処分されており、王直属の近衛騎士が臨時で看守を務めているために彼がこの地下牢から逃れることは絶望的となっていた。ミノリの言った通りに、次に出られたとしても絞首台行きである。
「そもそも、あの平民共がイレギュラー過ぎたのだ……! 付与術で容易く解呪を行い、魔術制約を当たり前のように解いて薬で自白させるなど……、こんなことが予測出来るか!」
数週間前までは順調に物事が進んでいたというのに、どこでエルマーの計画が傾いたのかと言えば、リュージという平民とその一行の所為であることに他ならなかった。彼も付与術や錬金術に対しての知識はあったものの、リュージたちのような桁外れの能力を持つ者など聞いたことが無いのである。
「荒れているな、エルマー」
「……貴様! フェロン! どうしてここに!?」
突如響いた声に驚き振り向いたエルマーの背後、つまり牢の奥に、居る筈の無い白ローブの男が佇んでいた。
フェロンという男はくつくつと不気味な含み笑いをしながら、手をエルマーの方へと翳す。
途端、身に着けていた首飾りから強烈な力が自分へと流れ込んで来たことを感じ取り、エルマーが苦悶の声を上げる。彼の身体は奔流に抗おうと痙攣を起こすが、フェロンが手を戻そうとする様子は無い。
「全く、使えん男だ。だが最後に、邪神アブネラ様の為に一仕事して貰うぞ」
フェロンの抑揚の無い声などもう聞こえていないかのように、苦しむことすら辞めたエルマーの身体は金色の何かへと変貌してゆく。
「さあ、エルマー。その暴虐の力を思い切りゲオルク王へぶつけると良い」
次回は明日の21:37に投稿いたします!




