第三八話「まだまだ奴の子飼いも甘い」
「気分はどうだ?」
地下牢で朝を迎えて最悪の気分である所に、看守を引き連れたエルマーは薄ら笑いを浮かべてやって来た。昨日見せていた神経質そうな表情とこちらの表情、どちらが素なのだろうか。
「居心地は最高だな。だがここに居ると魔石が作れない。早く出して貰えるか?」
「ふん、罪を認めれば外には出られるぞ。但し絞首台かも知れんがな」
エルマーが俺の嫌味を鼻で笑う。コイツは平民を冤罪で死刑にすることなど何とも思っていないらしい。
「誰が認めるか。大方、暗殺者と繋がっていたのは貴様なんだろう、エルマー」
「あろうことか平民の貴様が大公の儂を反逆者と誹るか。暗殺者の一人が貴様等との繋がりを自白している。最早言い逃れは出来んぞ」
「……で、その暗殺者はもう自害したんだろ? 分かっているんだよ」
俺から先に言われてしまい、エルマーは言葉に詰まった。分かりやすい奴だな。
恐らくエルマーは最初から俺たちに罪を被せるつもりで、昨晩暗殺者を呼びつけたのだろう。そしてシナリオ通り一人だけ捕まえさせ、自害した風に殺したのだ。
其奴が俺たちと繋がりがあったと自白したという情報は、エルマーとその部下しか知らない。死人に口なしという訳だな。
「このまま俺たちを牢に繋いでいても、やってもいない罪は認めるつもりは無い。立場として状況が悪いのは貴様だぞ、エルマー」
俺たちが罪を認めなければ、その内本当に捕らえた暗殺者の言い分と齟齬が出てくる。そうなれば窮地に立たされるのは嘘を吐いたエルマーの方だ。
エルマーは苛ついた表情を浮かべ首飾りを弄っていたが、舌打ちすると俺から背を向けた。
「もう行くのか、話し相手になってくれよ。お前の所為で暇なんだ」
「……看守、此奴等に飯も水も与えるな」
「はっ!」
俺の嫌味に答えるつもりは無いらしく、エルマーはそのまま振り返る事無く行ってしまった。
しかし、この看守もここまで聞いておきながら平気な顔で従っているとは、エルマーの息が掛かった兵士だと言う事か。宰相閣下がお飼いになっている犬は他にも居るのだろう。でなければ、事情を知ったツェツィ様がこの状況を放置している筈が無い。
「スズ、起きろ」
俺は看守が階段を上っていったところで、向かいの房で寝こけているスズを起こした。声を掛けられ、むくりと起き上がる妹。我が妹ながら大した度胸だ。
「……なに、リュージ兄」
「ツェツィ様へ念話を試みてくれ。まあ期待薄だけどな」
「ん、分かった」
俺の思惑を理解したスズは、すぐに手で印を作り遠くの人物へメッセージを送る魔術、〈チャット〉を使ってツェツィ様へ連絡を試みた。杖無しでも魔術が使えるというのは高い技術が必要なのだが、難なくこなせるあたりは流石と言える。
だが失敗に終わったらしく、すぐに手の印を解き、かぶりを振った。
「途中に魔術障壁があって送れない」
「……まぁ、予想通りか。ならプランその二だな」
俺は外套に忍ばせていた一本の針金を取り出し、そう宣った。流石に短剣など武器の類は持ち出せなかったが、この手のツールは見つかる事が無かったのだ。これを見逃してしまうとは、奴の子飼いもまだまだ甘い。
「え……リュージさん、まさか……?」
「そうそう、そのまさか」
顔を引き攣らせたレーネに軽くそう答えると、針金持った右手を鉄格子の向こうへ差し入れて、逆側にある鍵穴に突っ込んだ。
耳を澄ませながら作業をすること約一〇秒。カチャリという小さな音が響いた。容易いものだ。
「……リュージさん、盗賊の心得まであるんですか?」
余りにも簡単に鍵を開けてしまった俺に対するレーネの視線が若干痛い。そんな目で見ないで欲しいものだ。
「リュージ兄は鍵穴程度の機構は一通り学んでいるからねえ」
ミノリは苦笑している。こう言ってはいるが妹もこの程度の鍵なら開けられるんだけどな。
「別に盗賊でなくとも朝飯前だ。さあ、とっとと出るぞ」
「でも……ここを出てしまったら立場が悪くなるのではないでしょうか?」
「じっとしていても同じだ。魔術障壁の向こう側まで行けばツェツィ様へ連絡することが出来るだろ」
俺は渋るレーネにそう言って鉄格子の反対側に出ると、女性陣の居る牢の鍵も開け放った。
「申し訳御座いません、こんなことになろうとは……」
部屋で寛いでいた看守に奇襲を掛けて気絶させた後、スズに念話を使って貰ってからツェツィ様に居場所を伝えると、王女殿下はすぐに病み上がりのディートリヒさんと一緒にいらっしゃった。そしてレーネが精霊の力で俺たちの姿を隠してそのまま城内を移動し、密かに王女殿下の私室までやって来たのだ。
部屋に置きっぱなしだった装備も信頼できる騎士様方に持ち出して貰えたため手元に戻ってきた。魔石や杖があると無いとでは全く違うからな。
「いえ、ツェツィ様。……ですが、先程お話しした通りあのエルマーという男は暗殺者と繋がりがあります。陛下のお側に置いておくのは危険です」
「そうですね……、リュージさんの仰る通りなのですが、残念ながら証拠がありません。証人が脱獄中の皆さんだけでは体面上信じることは出来ないのです」
ツェツィ様は辛そうにそう語られた。ま、そうだろうとは思っていたが。
とは言え、こちらにも手はある。俺たちが脱獄中ということで、昨日みたいにエルマーが俺たちに罪を被せるために動くだろう。それを逆手に取るのだ。
「ツェツィ様、ディートリヒさん。俺に一つ策があります。聞いて頂けますか?」
俺は二人とレーネ、妹たちにその策というのを語って聞かせた。
この作戦通りに進めば、エルマーを出し抜く事が出来るだろう。
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