第三七話「俺たちは嵌められたのか」
拝謁が終わった後、俺たちは改めて国王陛下にお声掛け頂き、他愛も無い話に花を咲かせた。
特にミノリは陛下やホフマン騎士団長と気が合ったらしく、招かれた夕食の場でも剣の話で盛り上がっていた。スズはスズで宮廷魔術師の人と懇意にさせて貰ったらしいし、俺たちはこのラウディンガーで貴重な体験をさせて貰うことになったのだった。
そしてその晩、国王陛下のご厚意で客間を与えられ宿泊までさせて貰えることになり、上質な布団で眠りについていたのだが、廊下から聞こえる激しい金属音で否が応でも目が覚めた訳である。
「……只事じゃないな」
俺はベッドから抜け出すと、寝間着の上から外套を身に着け、杖を取り、幾つか魔石を見繕ってから廊下へ出ようとした。
「……ん? 開かない……?」
客間のドアは開かなかった。普通、鍵は内側から掛けるものだ。閂でも掛けられているのだろうか?
でも、その状況は異常だ。客人である俺たちを閉じ込めるなど、あってはならないことだ。
「……よし、今、ドアの向こうには誰も居ない」
それだけ確認すると、俺は〈フューレルの魔石〉の恩恵を受けるべく杖を壁に預けてから、ドアに向かって思いっきり体当たりした。
ドアは容易く外へ開く。そして予想通り、閂のようなものを釘で打ち付けてあったようだ。これでは開かないよな。
さて、廊下の様子はというと――
「これは……」
黒装束の何者か数人と、近衛騎士たちが戦っている。曲者が入り込んだという訳か。曲者たちはそれなりに手練れらしく、騎士たちは苦戦しているようだ。
「ふっ――」
俺は一瞬で近くの黒装束一人に肉薄し、背後からその頭に綺麗な右回し蹴りを叩き込んだ。
魔石の効果でとんでもない威力になった蹴りのお陰で、曲者は壁に叩きつけられて動かなくなった。目の前の女性騎士が唖然としている。……あ、この人、以前ツェツィ様を護衛していた騎士の一人だな。
「加勢します!」
「ありがとうございます!」
そのやり取りだけをして、俺たち二人は他の曲者どもに仕掛ける。
しかし何故だか攻撃を止めた黒装束どもは、倒れている一人を除いてテラスの方へと逃げてゆく。
「ま、待て!」
近衛騎士たちが追い掛けたため俺もそれに続こうとした。
が、途中で倒れている騎士の一人を見かけ、俺は女性騎士と共に足を止めた。
「……ディートリヒさん!」
倒れ伏したディートリヒさんは俺の呼びかけにも応えず、荒い息を吐いている。腕に傷があり、その周りが紫色に変色している。これは、毒だ。
「今レーネを連れて来ます! それまで頑張ってください!」
俺はディートリヒさんを女性騎士に任せ、レーネの部屋へ急ぎ向かい、俺の部屋と同様に釘が打ち付けられたドアを無理矢理開けて彼女を起こしたのだった。
「これで、もう大丈夫だと思います。後は一晩ゆっくり休んで頂ければ」
「ありがとうございます!」
ディートリヒさんを一緒に介抱していた先程の女性騎士が、感激の余りレーネの手を取って涙ぐんでいる。レーネは「大袈裟ですよ」と苦笑していた。
寝起きの悪いレーネを叩き起こした後、ネグリジェ姿の彼女に事情を話し薬を持たせて連れてきたお陰で、ディートリヒさんは一命を取り留めた。この毒は死に至るものだったらしく、女性騎士の反応は決して大袈裟などではなかったのだ。
「それにしても……さっきの曲者は何だったんでしょうか?」
「分かりません。ですが恐らく、陛下、或いは殿下のお命を狙ってやって来たのではないかと」
「……そうでしょうね」
俺の質問にも答えようが無い女性騎士は、推測を口にするしか無かった。
ちなみに先程気絶させた曲者については、既にしょっぴいて尋問中らしい。そいつの口から事情が分かれば良いのだが。
「それに、俺だけでなくレーネの部屋のドアにも釘が打ち付けられて出られなくなっていたことも」
「そうですね……。ミノリとスズちゃんの部屋もそうなんでしょうか?」
レーネもそう思うよな。俺たちは四人でセットなのだから、全員が同じ目に遭っていると考えて良いだろう。
「分からん、見てみないと。今頃外に出られなくて難儀しているかも知れないし、様子を見に行ってみるか」
そう言って俺たちが二人の部屋へ向かおうとした時、何かに気付いた女性騎士が俺の背後へ向かって敬礼する。
見れば、あのエルマーという宰相閣下がやって来て、俺たちを睥睨していた。今は背後にあの男を連れていないようだった。
「状況は?」
「はっ! 曲者については一名を捕縛しましたが、残りは逃走しました! 近衛騎士は一名負傷し毒により一時危険な状態となっておりましたが、現在は持ち直しております!」
「そうか、逃がしたか。それは良いだろう。しかしな――」
宰相閣下は報告を受けた後、俺とレーネの方へと向き直った。不安そうなレーネが俺の後ろに隠れる。
「貴様等、やってくれたな」
「……は?」
全く意味の分からない宰相閣下の一言に、俺とレーネだけではなく、女性騎士までもが目を丸くしている。
「御言葉ですが……宰相閣下。やってくれたな、とはどういった意味でしょうか」
そう尋ねる俺に対し、宰相閣下は侮蔑の視線を投げかけてきた。鼻を摘まんでいるのは、平民如きが貴族に臭い息を吐きかけるな、とでも言っているつもりだろうか。
「先程捕らえた曲者を尋問したが、貴様等の手引きで城内に侵入したと自白した。王女殿下のご依頼を逆手に取り陛下のお命を狙うとは、許せん行為だ」
「なっ――」
余りのことに、声にならない声を上げる俺たち。
「第一、魔石など無くとも教会へ要請すれば陛下の呪いは解けたのだろう? ならば、貴様等がわざわざ王女殿下の依頼を受けたのは、城へ接触する為と考えれば辻褄が合う」
……何が、辻褄が合う、だ。
この男に嵌められたのか、俺たちは。
「近衛騎士、此奴等を捕らえろ! 地下牢へ繋いでおけ!」
俺たちは困惑する女性騎士たちに捕らえられ、寝間着のまま城の地下牢へと連行されたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




