第三六話「噛んだ」
その後、ツェツィ様と談笑していた俺とレーネだけがディートリヒさんの案内で謁見の間へと通されることになった。この騎士様も、スズを救出出来たことについて大層喜んでくれた。いい人ばかりだ。
謁見の間は流石に王家の威信を見せつける場所なだけあって、華美な装飾が為されている。バイシュタイン王国は小国などと揶揄されることもあるけれど、どれもこれも一級品のように見える。〈鑑定〉で調べてみたい。そんなことは失礼なのでやらないが。
「面を上げよ」
先程とは打って変わって冠を戴きお仕事モードとなった陛下の一声で、跪いていた俺たちは顔を前へと向ける。
王の玉座にはゲオルク・ローシュ・フォン・バイシュタイン国王陛下。王妃の玉座には誰も居ない。確かだいぶ前に亡くなられたのだったか。
そして陛下の隣には宰相のエルマー・フォン・シュテルン大公閣下。このお方は何やら俺たちへ厳しい視線を向けてきている。まあ、平民が気安く謁見出来ているというのが気に食わない人だって居るんだろう。
「付与術師リュージよ。此度は余の為に〈解呪の魔石〉を作成してくれたこと、大儀であった」
「勿体なき御言葉です」
「そして錬金術師レーネよ。其方の薬のお陰で、こうして再び余は立ち上がる力を取り戻すことが出来た。こちらも大義であった」
「勿体なき御言葉でしゅ」
レーネが噛んだ。何やらぷるぷる震えている様子が視界の端に映っているが、はっきりと確認出来ないのが残念だ。
「其方等には我が娘より依頼に対する報酬を渡しているが、余としてはそれと別に礼をしたいと思っている。何ぞ望みはあるか?」
さて、この陛下からの礼というものについて、俺たちは先程ツェツィ様とお話をしている間に決めてある。
ツェツィ様には失礼にならないかを確認している。「父上は問題無いと思うのですが……」と言っていたので、国王陛下には検討して頂けるだろう。
「はっ、僭越ながら、一つだけ御座います。身に余る事との自覚は御座いますが、申し上げることをお許しください」
「よい。申せ」
国王陛下の許可は貰えたので、遠慮無く上申することにしよう。
俺は唾を飲み込み、真っ直ぐ国王陛下を見据えて口を開いた。
「はっ、ライヒナー侯爵領、ザルツシュタットの港の復旧についてご支援を賜りたく存じます」
「……ほう」
意外すぎる内容だったのか、国王陛下は中空を見つめて考え込んでしまわれた。まさか政に関することを口にするとは思わなかったのだろう。
「貴様! 平民風情が政へ口を出すとは何のつもりだ! 貴様等平民は大人しく貴族の統治に身を任せていれば良いのだ!」
激高したのは、王の側近である宰相閣下だった。ツェツィ様の予想通り、このエルマーという宰相が口を出してきたか。
しかしこの口ぶり。平民を軽んじていることがよく理解出来る。平民であっても馴れ馴れしく肩を叩いてくる国王陛下や王女殿下とは大違いだ。
「エルマー、黙れ。余は貴様に発言を許しておらぬぞ」
「ですが……!」
諫められたがなおも口を挟もうとした宰相閣下は、国王陛下の一睨みで沈黙してしまった。
どうもこのお二方、仲が悪いようだな。きっと政治的な何かとかあるのだろう。
ザルツシュタットの港については国王陛下に検討して頂けることになった。実際すぐに支援がされなくとも、陛下の目が南西部へ向いてくれることが重要だし、これはこれで成功と言えるだろう。
「ふぅ……」
謁見の間から下がり廊下へ出た俺たちは、二人揃って深い溜息を吐いた。流石に人生でこれほど緊張した体験もあるまい。
「レーネ、噛んでたな」
「いっ、言わないでください!」
レーネは顔を覆い、耳を真っ赤にしてしまった。褐色の肌を持つエルフはダークエルフと言うが、すぐに肌が赤くなるエルフは何と言うのだろう。ホットエルフか?
そんなどうでも良いことを考えつつ、レーネを弄りながらディートリヒさんと共に仲間の待つ応接間へと戻ろうとしていた俺たちだったが、ふと視線を感じて背後を向く。
見れば、先程謁見の間で激高していたエルマーという宰相閣下が、一人の白いローブを着込んだ魔術師らしき男と共に俺たちを睨んでいた。
「シュテルン大公閣下、何か御用でしょうか」
同じく気付いたディートリヒさんが、先んじて敬礼と共にそう尋ねた。
が、宰相閣下は鼻を鳴らし、嫌みったらしく身に着けた金色の首飾りを指で弾くと、つまらなそうに背を向ける。
「いい気になるなよ、平民に亜人風情が」
「………………」
何を言い返すことも出来ない俺たちを他所に、それだけ言い残して宰相閣下と男は去って行かれた。一体何だったのか。
「……お二人とも、気を悪くされないでください。宰相閣下は……その、貴族以外に対しては……」
「……まあ、よくあることです」
俺は申し訳なさそうなディートリヒさんに、肩を竦めて返した。
平民や亜人を軽んじて失礼な物言いをする貴族など、ありふれている。むしろ国王陛下や王女殿下、ディートリヒさんたちのような王族、貴族の方が少数派だろう。
「……ディートリヒさん、先程の白いローブの人は何方だったのですか?」
あの男からは嫌な雰囲気を感じていた。冒険者としての勘という奴だろうか。どうにも拭えない危険な臭いというものがあった。
しかし俺の質問に、意外にもディートリヒさんは首を傾げていた。
「白いローブの人? どういうことですか?」
「え?」
俺は全くそんな人が見えていなかったようなディートリヒさんの答えに間抜けな声を上げ、レーネと顔を見合わせる。彼女も見えていたようで、おずおずと頷いてみせた。
「……先程、宰相閣下の背後に白いローブを着込んだ魔術師らしき男が居たんです。レーネも見えていたようですが、ディートリヒさんには見えていなかったんでしょうか?」
「……申し訳御座いません。私には見えておりませんでした」
そんな馬鹿な。あんなにはっきりと側に居たというのに?
俺たちはその男について、ディートリヒさんへ外見などを詳らかに教えながら応接間へと戻ったのだった。
何やら嫌な予感がするな。何も無ければ良いが。
そして、翌日未明のこと。
「…………むぅ」
俺は胡座をかいている足から伝わる不快な冷たさに、顔を顰めていた。ミノリは向かいの房でここから出せと喚いている。ミノリと同じ房のレーネは座り込んで呆然と天井を見つめており、スズに至ってはどういう肝っ玉なのかこの状況でも眠っていた。
目の前には頑丈な鉄格子。今は魔石を持っていないし、一時付与術を使ってもこの檻から力業で抜け出すことは不可能だろう。
「まさか、こうなるとはな……」
腕を組み、俺は先程起きたことに思いを巡らせていたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




