第三五話「俺たちの功績は考えていたよりも遙かに大きいものだったらしい」
「ああ、よいよい。跪くな。ここは謁見の間ではないぞ」
「は、はい」
豪快に笑う国王陛下が、跪こうとした俺たちを右手だけで制止した。王女殿下と同じ対応をされてしまった。そういう血なんだろうか。
「其方等はそんなに畏まらずとも良いのだ。余の命の恩人なのだからな!」
「勿体なき御言葉です」
恐縮するなと言われても、馴れ馴れしく出来る筈も無い。一国の王に拝謁した事なんて無いが、これで対応は合っているんだろうか。
「畏まるなと言うておるのに、まったく。……しかしな、本当に感謝しておるのだ。あの呪いは其方の魔石のお陰ですっかり消え去ってしまったし、薬を飲んだら暗殺者から受けた矢傷も消えてしまった。ほれ、このように」
陛下に右肩を見せて貰ったが、確かに、何処に矢を射られたのか全く分からない。レーネの薬は凄いな。
と、レーネが一歩踏み出し、陛下を見上げた。なんだなんだ。
「陛下、畏れながら申し上げます。病み上がりなのですから無理はなさらないでください!」
ちょっと怒っている様子のレーネにそう言われて陛下は目を瞬かせたものの、再び豪快に笑い始めた。後ろの中年騎士も噴き出している。
「はっはっは! これは一本取られたな! だが鍛え直さねば、また何時不覚を取るかも分からんのだ! 許せ!」
「もう! 本当にお分かりなのですか!」
レーネのお陰で緊張していた俺たちも気が緩み、和やかな雰囲気へと変わったのだった。
レーネに怒られた陛下は鍛錬を切り上げ、「後で謁見の間に呼ぶからな」と言い残して中年騎士と一緒に去って行った。
「あの、もしかして、陛下と一緒にいらっしゃった騎士様は……」
俺は恐る恐る、案内役の衛兵さんに尋ねてみた。あの中年騎士、只者では無いと思っていたが……。
「はい、ゴットハルト・フォン・ホフマン騎士団長です」
「やっぱり……」
長く他国に居た俺だってその名前は聞いたことがある。ゲオルク国王陛下を護る高名な騎士で、公爵という地位にありながら陛下と共に前線で戦いを続ける〈鋼鉄公〉と呼ばれる男だ。まさかあの時お目に掛かれていたとは。
「す、凄いよリュージ兄! 〈英雄王〉に、〈鋼鉄公〉だよ!」
ミノリが興奮している。それもそうだろう。お二方とも武人の中では伝説級の憧れの存在なのだ。
応接間に通された俺たちが暫し待っていると、侍女らしき女性を伴ってツェツィーリエ王女殿下がいらっしゃった。以前二度お会いした時は軽装だったが、今日は美しい青色のドレスを身に纏っている。
「大変お待たせ致しました。お久しぶりです、リュージさん、レーネさん、ミノリさん。……それに、スズさんでしょうか?」
「はい、末妹のスズです」
俺の紹介で、スズは深々と頭を下げた。先程陛下の前でもそうだったが、らしからぬ緊張をしているらしい。少し顔が強張っている。
「そうですか、では、無事に救い出すことが出来たのですね。本当に良かったです」
「ありがとうございます」
王女殿下は心の底から安堵されているようだった。他人の痛みをきちんと理解出来る、優しい姫様なのだな。
そして王女殿下から席に着くよう勧められ、早速侍女の方が依頼料の残りを手渡してきた。
袋の中には決して少なくない金額が納められていた。聖金貨まで入っているな。これ、数ヶ月は遊んで暮らせるんじゃ……? いや、遊んで暮らしたりはしないが。
でも、ちょっと多すぎる。
「あの、畏れながら殿下――」
俺がそう申し上げると、ツェツィーリエ王女殿下は何やら圧を感じる微笑みを浮かべた。
「ツェツィって呼んでください」
「……ツェツィ様」
「はい♪」
……城でもこんな調子なのか。ま、まぁそれは兎も角――
「その、前もってお話を頂いた時より、多いように思えるのですが」
「はい、上乗せしております。……ああ、正当な上乗せと考えておりますよ? わたくしがお願いしたのは〈解呪の魔石〉だけだったのですが、父上の身体を全快させるようなお薬までお譲り頂けましたし」
ツェツィ様は「お陰で前より元気になっていて、少し困っているのですよね……」と溜息を吐いた。どうやらレーネの薬は体力の面でも劇的な効果があったようだ。
「父上は、これとは別にお礼がしたいとも言っています。申し訳御座いませんが、後で謁見の間へご足労頂きますので、ここでわたくしと一緒に暫しお待ちくださいね」
「こ、この上更に、ですか?」
困惑する俺たちに、ツェツィ様はにっこりと微笑んで見せた。
「貴方がたはそれほどのことをなさったのですよ、胸を張ってくださいな」
次回は明日の21:37に投稿いたします!




