第三四話「気軽にと言われても無理なものは無理」
ベッヘマーを出発してから徒歩で一二日目、俺たちはバイシュタイン王国の王都ラウディンガーに到着していた。
「おお……、ここがラウディンガー……。エルレッヘンよりも栄えてる?」
スズがお上りさん丸出しでキョロキョロと城下町を見回している。普段に比べて少しはしゃぎ過ぎな感はあるが、まあ、すっかり元気になって良かった。
ちなみにエルレッヘンはベッヘマーのあるデーア王国の王都だ。あっちは名ばかりの王都で、他の都市の方が栄えているんだよな、何故か。
「さて、今日は一旦宿に泊まろう。登城の前に身なりを整えておかないとな」
「そうですね」
徒歩でベッヘマーから街道を歩いてきた俺たちはよれよれの姿をしている。招かれているとは言え、この状態で王女殿下に拝謁するのは些か恥ずかしい。
そう思って、服飾店へとやって来たのだが……。
「わあ! スズちゃん似合う! 可愛い!」
「ありがと。レーネも似合ってる。胸が開いてて大胆」
「えへへ、ありがと。ちょっと冒険しちゃった。ミノリも試着室に籠もってないで早く見せて!」
「ちょ、ちょっと待って、スカートとか恥ずかしいから……!」
「………………」
女三人寄ればかしましいと言うが、なんともうるさ……いやいや、賑やかなものだ。
しかし女性向けの服飾店に俺みたいな大男は場違い過ぎる。ほら、貴族らしきご婦人からちらちらと見られていて、なんとも居辛いったらありゃしない。
「なあ三人とも、俺は俺で男性向けの服飾店に行っていいだろ?」
そう言ったら、全員からキッと睨まれた。ミノリまでも試着室から顔を出している。
「駄目に決まってるでしょう」
「あーあ、リュージ兄は薄情なんだ。あたしたちの服、選んでくれないんだ」
「朴念仁……」
……酷い言われようだ。最早選択肢は無いらしい。
俺は頭を抱えつつ、店のオブジェになりきるつもりで立ち尽くしていた。
結局、レーネたちが服を購入するまでに掛かった時間は三時間だった。長すぎると文句を言ったら「何を着ても適当な感想しか言わないのが悪い」と揃って俺に責任転嫁してきやがった。何故だ。
その後また一時間は掛けて俺の服を選んで貰う。とは言え俺の身体だとオーダーメイドになってしまうため、出来上がりは明日になってしまうらしい。金を弾んだため頑張って朝までには仕上げてくれると店員は言っていたので、明日の昼頃には登城出来るだろう。
夕方になり宿泊先の酒場スペースで夕食を取ることにしたのだが、慣れないことですっかり疲れた俺は、新しい服をマジックバッグへ収めてほくほく顔の女性陣がはしゃいでいるのを後目にジョッキを傾けていた。きっと今の俺は傍から見たら虚ろな目をしているに違いない。
「リュージ兄、あの程度で疲れてちゃ駄目だよ? 女の子の買い物は長いんだから」
「そうだな、とても実感した」
ミノリへ皮肉交じりに返しながら、俺は喉にエールを流し込む。非常に残念なことに皮肉は通じていなかったらしく、女三人は変わらずきゃいきゃいと騒いでいた。俺はこれから先あの家で上手くやっていけるんだろうかと不安になってしまう。何しろ隣家にも女の子が二人居るし。
そんな感じで一人腐っていると、背後で商人らしき人たちの話し声が聞こえてきた。
「ザルツシュタットもなぁ、港が復活すれば流通も元に戻ると思うけどなぁ」
「あれだろ? 廃坑になったベルン鉱山から大きな魔石の鉱脈が見つかって、鉱坑が復活するってやつ。ただお前の言う通り港が無いと他国との玄関口が無いからなぁ」
「ライヒナー侯も港は優先して復旧したいらしいが、先立つものが無くて進まないらしい。国王陛下はグアン王国からの侵攻に備えるべく北東部に目を向けていらっしゃるが、商人としてはライヒナー侯爵領の開発を優先して頂きたい所だなぁ……」
「………………」
流通、か。
商人たちもザルツシュタット港の復旧を望んでいるようだが、現在国王陛下はそちらへ関心を向けられてはいないらしい。魔石の運搬しか目玉が無いと、中々に支援も難しいものなのだろうか?
明日登城した時に、王女殿下に相談してみるか。
翌日、服飾店で俺は出来上がったばかりの服を受け取り、四人で真っ直ぐ城へと向かう。
当然のように城門では衛兵に止められてしまったものの、王女殿下からお預りしていた紹介状を見せた所慌てて通され、そのまま中へと案内された。凄いな、王家の印。
廊下を辿って行き、そのまま中庭を通っていた時のこと。
その中庭では四〇歳位と思われる一人の男性が、上半身裸で一心不乱に剣を振るっていた。長いプラチナブロンドに鋼と見まごう肉体を持つその男性の剣からは、一切の迷いが無い。そこから見ても凄腕の剣豪と思われる。
そしてその人を護るように立つ近衛騎士の顔に、俺は見覚えがあった。あれは……ディートリヒさんと共にツェツィ様を護衛していた中年騎士だ。
「……む? 客人か?」
剣を振っていた男性がこちらに気づき、俺たちに声を掛けてきた。その言葉に反応し、案内していた衛兵が男性に向かって最上級の敬礼をした。
「はっ! 以前〈解呪の魔石〉と回復薬を作って頂きました付与術師様と錬金術師様、そのご一行です!」
「おお! 其方等が!」
……今、其方って言ったか。
まさか、このお方は……?
「はい、付与術師のリュージです。第三等冒険者です。こちらは――」
俺は名も知らぬ男性に対し、失礼がないよう慎重に仲間の紹介をした。
すると男性は、そうかそうかと俺に近づき、バンバンと馴れ馴れしく高い位置にある肩を叩いた。
……しかし、近づいてはっきりと分かった。このお方、全く隙が無い。
「余はゲオルク・ローシュ・フォン・バイシュタイン。この国の王を務めておる。まあそう固くならず、気軽に宜しくな」
次回は明日の21:37に投稿いたします!