第三三話「兄離れの出来ない妹たちにも困ったものだ」
決闘が終わり、今のうちにとスズのパーティ脱退届と転出届を提出した後、俺たちは逃げるようにベッヘマーを後にしていた。
今のスズの状態を鑑みると野営は避けたかったが、致し方ないだろう。あのまま街に留まっていたら、マリエの神術により復活したガイが復讐に動いていたかも知れないからな。
「リュージ兄、明日からはもう平気。負ぶって貰わなくてもだいじょぶ」
「そうか? 遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「ん。レーネの薬、よく効いた。ありがと、レーネ」
ミノリに寄り添って焚火に当たりながら、スズはレーネの顔を見つめて言う。レーネは「どういたしまして」と微笑んで見せた。
この野営地までは俺がスズを負ぶってきた。何しろあちこちの骨が折れていたので、回復まで時間が掛かったのだ。しかしながら半日程度で全身の骨折まで治してしまうレーネの薬は、破格の力と言えるだろう。
「ごめんね、スズ。お姉ちゃんがスズのことを待っててあげれば、こんなことにはならなかったのに……」
己の行動を悔いているミノリが、スズを抱き締める。スズはと言うと、それは違うとばかりにかぶりを振った。
「ミノリ姉、ワガママを言って残ったスズが悪い。ミノリ姉は悪くない」
「でも……」
なおもミノリが何かを言いかけたところで、俺は軽く手を叩いた。
「ほら、ミノリもスズも。もう終わったことだからやめやめ。起きてしまったことより未来へ目を向けろって常日頃から『先生』は言ってただろ?」
「……そうだね、リュージ兄」
「ん」
まだ何か言いたげではありそうではあるものの、取り敢えず二人は納得してくれたらしく、それ以上は何も言わなかった。
「それにしても、リュージさん。崖崩れの時といい決闘の時といい、凄い威力の蹴りでしたね」
レーネが心底感心したように瞳を輝かせている。まあ、今まで見せる機会は無かったからな。崖崩れの時に蹴りで岩を破壊した時は、レーネを含め馬車の乗客が唖然としていたっけ。
「ありがとう。だが、あそこまで威力を出せるのは〈フューレルの魔石〉のお陰だ」
俺の口から出た聞き慣れない類の魔石の名前に、レーネが首を傾げる。
「フューレルって、戦神の一柱ですよね。その魔石にはどういう効果があるんですか?」
「手に何も持たない状態であれば身体能力を飛躍的に上昇させる効果がある。付与術の中でも『ギフト』と呼ばれる、神から与えられた加護の一つだ」
俺は決闘の時は〈豪腕の魔石〉の他にこの魔石を持っていた。ちなみにもう一つは〈アンチ・マジック〉と同等の効果を持つ〈抗魔の魔石〉だ。ガイの差し金で誰かが攻撃魔術を使いちょっかいを出してくる可能性を考えていたが、結局役立つことは無かった。
「そんな凄い魔石、大量生産出来たらとんでもないですね……」
「いや、『ギフト』と言うだけあって、これは付与術でも効果がランダムに与えられる〈祝福〉という付与術を使った時に極々稀に生まれる、謂わば神の気まぐれの産物ってやつだ。……まあ、〈祝福〉は俺が理論立てたオリジナルの付与術なので、他の付与術師が使えるかは知らないけれども」
「……それ、本当に付与術なんです?」
半目のレーネに呆れられてしまった。まあ、錬金術で言えば同じレシピで作成したのに効果が違う薬なんてあり得ないからな。
他にも『ギフト』の魔石は僅かであるが持っている。先日ラナたちに譲った〈ペウレの魔石〉もその一つだった。いずれも強い力を持っているものの、〈フューレルの魔石〉のように「手に何も持っていてはいけない」など不利な条件があるのが特徴だ。
ガイは金目当てで毎日俺に魔石を作らせていたが、その合間に〈祝福〉を使って生み出されていたのがこの〈フューレルの魔石〉だ。奴がこの魔石の存在を知らなかったからこそ、今回の奇襲は上手くいったという訳である。
「でも、威力は魔石の効果とは言え、リュージさんの蹴りは素人の動きに見えませんでしたね……」
「リュージ兄とあたしは、故郷で体術を学んでたの。リュージ兄はまだ子供だったのに師範を降参させるほどの腕だったんだよ!」
レーネの疑問を氷解させる情報をミノリが暴露してしまった。まあ、黙っていることでも無いけれども。
「俺なんて身体がデカいだけで、技術はまだまだだよ」
「またまたー、リュージ兄に勝てる人は何処にも居なかったじゃん」
「体格に恵まれていたからだ。今回の蹴りの威力もまだまだだったし、鍛え直さないと」
「アレでまだまだなんですか……」
レーネが震え上がっている。まあ、普通プレートアーマーがひしゃげている光景は見られないだろうしな。
おっと、そう言えば大事なことを聞いておかねばならなかった。
「ところで、スズは今後どうする? 何処の冒険者ギルドに所属するつもりだ?」
念の為に聞いておく。一六歳になったミノリは兎も角、スズは一四歳と幼いので、何処で活動するかは兄として把握しておきたいのだ。
「え、それ聞くの、リュージ兄」
「ほらスズ、リュージ兄って変な所鈍感だからさ」
……何やら妹たちだけでなく、レーネまでもがクスクスと笑っている。五月蠅いな、変な所鈍感で悪かったよ。
「リュージ兄の居場所が、スズとミノリ姉の居場所。だからリュージ兄についてく」
スズはキラキラと瞳を輝かせ、真っ直ぐ俺を見据えながらそう言った。その言葉に一切の迷いは無い。
「……はぁ、まったく。お前たちなら何処へ行っても食いっぱぐれることは無いだろうに」
兄離れの出来ない二人に、俺は苦笑するしか無かったのだった。
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