第三二話「俺の十八番の戦闘技術は魔術ではなく――」
ガイの持つ〈覇者の剣〉はあらゆる防御障壁をすり抜け攻撃することが出来る魔剣だ。故に今回、俺は〈金剛の魔石〉を三つの装備からは外している。
とは言え、例えガイがこの魔剣を持っていなかったとしても、〈金剛の魔石〉は必要無かっただろう。普段からミノリに付き合って訓練していた俺にとって、コイツ程度の剣技を避けることなど造作も無い事なのである。
オマケに〈豪腕の魔石〉も持っている為、ガイは身体能力の向上した俺の動きについていけず、ただ疲れる為だけに剣を振っているようなものだった。
「てめっ、ちょこまかと逃げるんじゃねぇ!」
「当たったら痛いから断る。しかしもうちょっと頑張れよ? 幾らお前が壁役だからって剣の腕を疎かにしていたら、防御力だけで耐えなきゃならんぞ?」
「指図するんじゃねぇ!」
「先に指図したのはお前だよ」
説教されるのが何よりも嫌いなガイに滔々と説いてやったが、やはりお気に召さなかったようだ。逆上して更に剣の動きに無駄が出てきた。
そうこうしている間にガイの動きは鈍くなる。いつも通りに身体を動かしていたら体力が回復せずに疲れ切ってしまったのだろう。俺と一緒に魔石も手放した所為だと本人は気付いているのだろうか。
頃合いを見た俺は距離を取って詠唱に入る。先ずは一手だ。
「炎の矢よ、眼前の敵に突き刺さり燃え上がれ、〈ファイア・アロー〉!」
下級魔術を、避けにくいガイの腹部に向かって放つ。
ガイは、左手で持つ大盾を翳して難なくそれを受け止めた。当たった箇所は燃え盛る事無く、瞬時に消え去ってしまう。
……通常であれば当たった箇所で五秒は燃え盛るのだが――
「その程度の魔術が効くかよ! 所詮は付与術師だな!」
いい気になったガイが突っ込んでくる。が、先程と同じく俺に当たる訳も無い。杖で捌きつつ躱し続けている間に、再び疲れたガイの動きが鈍くなってくる。
「おいおいどうした? まだ始まったばかりなのに疲れているみたいだな。その重そうな鎧を脱ぐ時間くらいは与えてやってもいいぞ」
「う……、うるせぇ……」
ぜぇはぁと息の荒いガイの剣を小さな動きで躱しながら煽ってやったが、既に体力も限界らしい。コイツ、〈昇華の魔石〉が無いとこんなもんだったのか。
さて二発目行くとするか。距離を取って、と。
「魔素よ、集まり電撃となりて奴を貫け、〈ライトニング〉!」
一筋の電撃が、真っ直ぐガイの胸部と杖とを繋ぐ。ザルツシュタットからここへ向かう馬車の中で、レーネから教えて貰った下級魔術だ。
先程の〈ファイア・アロー〉と同じく、今度も全く手応えが無かった。その証拠に、息を整えたガイが俺の方へと突っ込んできている。
まるで、魔術など効かないと確信していたように口端を上げながら。
「……ふむ」
俺はくるりと身体を回転させ、デカい図体を利用して通り過ぎたガイに横から体当たりした。バランスを崩したガイが、無様に転がる。
その間に俺は、次の魔術の詠唱に入る。
但しそれは攻撃の為では無い。確認の為だ。
「その有り様を明らかにせよ、〈鑑定〉」
魔術が展開され、ガイが身に着けている装備が明らかになる。
そして俺の予想は間違い無かった。魔力を持つ装備はただ一つ、魔剣である〈覇者の剣〉しか無い。
ガイが起き上がるまでの間にちらりと視線を向けた観客の中からその姿を発見し、俺は一つの確信に至った。
「……攻撃魔術が効かないのは、マリエの仕業か。お前マリエに〈アンチ・マジック〉を使わせてるな?」
「あ、あぁ? 何のことだよ!?」
動揺したガイが、慌てた様子でイーミンさんの方を見る。……それが答えになっているような物なのだが。
それだけで事情を察したイーミンさんは、目を細めてガイを睨んだ。
「ガイ、お前、神聖な決闘を汚したな?」
「ち、ちがっ、何かの間違いだ! コイツの言い掛かりだ!」
等級至上主義のガイは、元第一等冒険者のイーミンさんを恐れるようにガクガクと震えだした。
……まあ、先程首元へフォークを突き立てられた時の恐怖を覚えているから、というのもあるのだろうが。
「良いですよ、イーミンさん。可哀想ですし続行で。そこまでしないと第三等の付与術師である俺に勝てないんでしょう」
そこで一旦言葉を切り、立ち上がりかけのガイを見下ろす。
「所詮コイツは、俺の付与術の力が無ければ第二等と言えるような力も無い、張りぼての男ですからね」
「テッ、テメェェェ!」
血が上り、顔を真っ赤にしたガイが吠えた。
「うわっ! 煙だ!」
そんな時、観客の中から叫び声が上がった。何処から生まれたのか分からない煙がもうもうと立ち込め始め、観客がパニックを起こしている。
煙は観客側だけでなく、あっと今に修練場の中心に居る俺たちの元まで辿り着き、ガイとイーミンさんの姿が視界から消えた。
……マリエの仕業ではないな。だとしたら――
俺はその場に杖を棄て、目を閉じ周りの気配に意識を集中する。
刹那、背後で蠢く気配に気付き、俺は落ち着きつつも一瞬で振り返る。
「ああ、やっぱりか」
予想通り、そこには俺を狙い、白刃を手に突っ込んできたショーンが居たのだった。
立ち込めていた煙はすぐに晴れていき、周りの様子を露わにする。
「おい、あれ、ショーンじゃねぇか?」
観客の一人が、修練場の中心からやや離れた場所で転がるその姿に気付いたのか声を上げる。
ナイフを手から零したショーンは仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。俺はそちらを向いて佇んでいた。
……が、そちらの方向はガイと逆である。つまり俺は今、奴に背を向けて立っている訳で。
「死にやがれええええ!」
好機とばかりに突っ込んでくるガイへ、俺はゆっくりと振り返り、そして拳を握り締めた。
「……あ?」
目の前で起きたことが信じられないのだろう、ガイは呆けた声を上げる。
何故ならば、自慢の魔剣が、俺が正面で付き合わせた拳で真っ二つに折られてしまったからだ。
折られた〈覇者の剣〉の半分が、俺の背後で地面に突き刺さった音がした。
左足を右足の右前に移動させる。
そこで身体を捻り、一旦ガイに背を向ける。しっかりと首も捻って、隙だらけのガイの姿は捉えていた。
「ふっ――」
そして小さく息を吐き、渾身の力を籠めて――
「ぐ……ぉ…………がはっ……」
声にならない悲鳴を上げ、ガイが己の手から折れた剣を取り落とし、口から血を垂れ流す。
理由は簡単である。俺の必殺の右後ろ蹴りが、ガイの重厚な鎧を大きく凹ませて腹に食い込んでいるからだ。
「……ふっ!」
俺は一旦右足を離し、左足を軸にして一回転する。今度はガイの方へ右足を一歩踏み込み、その踵を向けた状態で思いっきり身体を捻り左足を振り上げ、振り上げた踵で血塗れのガイの横っ面を兜ごと叩いた。バシィッ、と激しい音が修練場に響く。
綺麗な左後ろ回し蹴りを食らったガイは、まるでコインのようにその場で回転し、よろめき、地に伏す。
そして動かなくなった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!