第三一話「逃れられぬ呪縛を与えよう」
※リュージの一人称視点に戻ります。
傷はある程度回復したものの気を失ったままのスズをレーネに託し、俺は修練場の中心でガイと対峙していた。勿論立会人のイーミンさんも一緒だ。
周りには冒険者ギルドで俺たちを遠巻きに見ていた冒険者たちが、観客として集まっている。此奴等もガイの傍若無人っぷりに振り回されていたようだし、気になるのだろうな。
「俺が勝ったら、ミノリを寄越せ。あと、テメェは二度とこの街に足を踏み入れるな」
相変わらず一方的な物言いに、俺は眉根を寄せた。なるほど、ミノリを譲った後に助けることすら許さないということか。
「二つ目の条件は兎も角、一つ目の条件は飲めない。妹を物として扱いたく無いからな」
「あぁ? 負けた時の保険を掛けてんじゃねぇよ。まあ、第三等の付与術師が俺に勝てる訳が無いし、ビビるのも当然だけどよ」
渋っている俺を煽っているつもりなのだろうが、生憎お前じゃないんだからその煽りは無駄だ。俺には俺の信念ってものがある。
「良いよ、リュージ兄。あたしを賭けても。そうでないとこのサル、条件を飲むつもり無いでしょ」
スズの側に居た筈のミノリがやって来て、そう言ってくれた。サルと言われ激高している誰かさんが居るが、無視しておこう。
「……そうか、分かった」
「良いってば。その代わり、二度と刃向かう気持ちが起きないように、叩きのめしてあげて」
「そうだな」
俺も可愛い妹を痛めつけた輩に手を抜いてやるつもりは無い。しかし、だ、念の為に条件を付けてやらんとな。
「さて、俺も条件を付けさせて貰う。そっちが二つ提示したし、こちらも二つだ」
俺は二本の指を立て、ガイに突きつけて見せる。
「一つは賠償金だ。俺やミノリに与えられた精神的苦痛の分は勘弁しておいてやるが、スズにやったことについては支払って貰う」
「……はっ、なんだよ。金だと? 意地汚い奴だな」
ガイはそう言って侮蔑の視線を向けてきた。魔石をがめようとした此奴に意地汚いと言われるのは些か腹が立つが、別に金に困っての事では無い。
此奴を、縛り付ける為だ。
「金額は金貨五〇〇枚。まずこの場で用意しろ。後で足りないと言われても困るからな。ああ聖金貨でも構わんが」
「なっ――!?」
俺が提示した余りにも法外な金額に、ガイは素っ頓狂な声を上げた。
第二等冒険者の依頼料平均が金貨一〇枚程度と考えれば、五〇〇枚あったら一年程度であれば遊んで暮らせるほどの金額だ。自分でも無茶なことを言っている自覚はある。
「そんな金、俺は持ってねぇぞ! テメェ、無茶な条件を付けて決闘から逃げるつもりだろ!」
「お前は持っていないかも知れないけどな……」
喚くガイに向けて一旦説明を切り、視線を奴の奥へと送る。
俺と目を合わせてしまった其奴等は、言っている意味を理解して顔を強張らせた。何も今回の件は、ガイだけの不始末などとは考えていないのだ、俺は。
「お前の仲間、特にマリエの方はかなり貯め込んでいるのを知っている。なぁに、万が一俺が勝ってしまった場合に回収させて貰うだけだしな。お前は第三等に負ける筈が無いんだろう?」
「……マリエ! ショーン!」
俺の安い挑発に掛かり、ガイは奴の大事な大事な仲間たちを呼びつけた。その仲間たちと言えば、まさか自分たちに火の粉が掛かってくるとは思っていなかったようで逃げだそうとしたが、ガイに恨みのある連中がすかさず修練場の出入り口を塞いでしまった。助かるぜ。
「ちょ、ちょっとガイ! アタシは嫌なんだけど!」
「うるせぇ! 勝てばいいんだろ! とっとと寄越せ!」
「ア、アタシも持ってないってば……って、ちょっと!」
この期に及んでそんな事を宣うマリエの方へずかずかと近寄り、ガイは遠慮することなく彼女の手を掴むと、マジックバッグに突っ込ませた。そして金貨袋を引きずり出させ、その中から聖金貨を五枚取り出した。流石マリエ、持っていたか。
「おい、これでいいんだろ!」
後ろでギャーギャーと喚くマリエを無視して、ガイはイーミンさんへ聖金貨を投げて寄越したものの、ギルマスは拾わずにガイを睥睨する。
「……他人から奪い取った物をお前の金とは認めん。誠意を見せてきちんと貸して貰え。金が用意出来ないのであれば、ガイ、お前の条件も一つ無効とさせて貰う」
「ぐっ…………」
ごもっともな事を言われたガイは、マリエに向き直り、歯を食いしばりながら頭を下げた。誠意など欠片も無いだろうが、コイツが頭を下げているのは初めて見たな。
「マリエ……、金を、貸してくれ……」
「……わ、分かったわよ! 必ず勝ちなさいよ!」
マリエも周りから注目されている以上、許可を出さない訳にはいかなかったのだろう。これで、ガイにはマリエからの縛りが出来た訳だ。
集まった聖金貨をイーミンさんが袋に仕舞う。これが一つ目の条件だ。
「さて、二つ目の条件だが……今後一切ミノリに関わるなと言っても聞くお前じゃないだろう」
「………………」
ガイは答えない。まあ、その程度の事は予想済みだ。
守られない約束より、コイツに対しての周りからの影響を変えてやろう。
「イーミンさん、俺が勝ったら、ガイの冒険者等級を二つ下げてやってください。出来ますよね?」
「ああ、可能だ」
「はぁ!?」
等級に拘るガイにとって、これほど屈辱的な条件は無い。
再び素っ頓狂な声を上げたガイに対して、俺は肩を竦めて見せる。
「おやおや? 第二等は第三等に負ける筈が無いんじゃなかったのか? お前が常日頃から言っていることだ。万が一にでも俺に負ければお前は第四等かそれ以下の存在だと自分で証明することになる訳だからな」
正論であっても挑発でしか無い俺の言葉に、ガイは全身から怒りを立ち上げる。目は血走り、俺を射貫かんとしている。受け流しても良いが、器の広さを見せつけるために余裕の表情で見下ろして見せた。
「テメェ……、望み通り、ぶち殺してやるよ……」
「おっと、俺を殺したら『二度とこの街に足を踏み入れるな』の条件が役に立たなくなるが、良いのかガイ?」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!」
決闘へと臨む為、喚くガイから一旦距離を取る。
手元には三つの魔石。三つまでというのはガイではなくイーミンさんから告げられた条件だ。魔石を持てば持つほど俺は強化されるから、当然と言えば当然の措置だろう。
十分に距離を取った俺たちは、正面に互いの身体を収めて睨み合う。イーミンさんが合図をすれば、いよいよ決闘の開始だ。
「命乞いするなら今だぞテメェ、そうしたら、命だけは勘弁してやるかもな」
何ともお約束な言葉だ。勘弁してやるかも、か。ガイが約束を守ったことの方が珍しいので、そんな条件は期待するだけ無駄な話だ。
「……ガイも哀れな奴だ。第四等に落ちるからって気落ちするなよ? 何時か第三等に昇級出来る日が来るさ」
その一言で、ガイの頭からはっきりと何かが切れた音がして、合図も無いのに奴は腰の剣を抜き飛びかかってきた。
「おいガイ! まだ合図は――」
「良いですよイーミンさん、開始ってことで」
俺は慌てて制止しようとするイーミンさんへのんびりとそう言ってから、逆上のあまり言葉にならない雄叫びを上げながら向かってくるガイに向かって杖を構えた。
次回は20分後の22:57頃に投稿いたします!