第三話「こんな彼女を放ってはおけない」
「それじゃあ本当に……リュージさんはもう〈ベルセルク〉のメンバーでは無いんですね……」
「ああ、そうだ。さっきのレーネさんと同じく、パーティリーダーのガイに自分勝手な理由でパーティを出て行くように言われた。残念ながらアイツの中では、俺の付与術の評価は無いも同然だったらしい。そう言われた以上俺も願い下げだけどな」
俺はジョッキに入ったエールをちびちびと飲みながら、まだぎこちないレーネに対してそう答えた。彼女はと言うと可愛いことにミルクを飲んでいる。どうやらエルフが動物由来の物を口に入れたりすることが出来ないというのは眉唾らしい。そう言えば、『先生』も肉は食べていたっけか。
「あ、私のことはレーネで良いです」
「ん? じゃあ俺もリュージで良いぞ」
「いえ、私は年下なので」
「そこ気にするのか、エルフなのに」
「エルフだからこそです」
エルフというのは年齢の上下関係に厳しいのか。まあ彼女の言うことも理解は出来るが。
「ところで、あの女はレーネのことを役立たずとか何とか言ってたが、君だって第三等冒険者だろ? 役立たずだったらそこまで辿り着けないと思うが」
得てして、冒険者というのは荒事の対処が基本となるものだ。それに対応出来る能力が求められるため、俺たちのような職人であっても戦う術はそれなりにある。だから第三等に居る俺たちが役立たずなんてことは断じて無いのだ。
付与術師や錬金術師であれば魔力を操る職業である。彼女も椅子に下げたバッグに杖を掛けているし、魔術師としての能力もあるのだろう。俺だってそうだ。
「……確かに、私は第三等冒険者です。ただ……それでも、マリエにとって私は役立たずという評価だった、それだけです」
遠い目で天井を見上げている。既にレーネは諦めの境地に達しているようだった。これから彼女はどうするつもりなのだろう。
「良かったら、レーネの薬を一つ見せてくれないか? さっき攻撃用の薬だって使えるって言ってたよな」
「あ、はい。良いですよ」
ふと、興味が湧いて聞いてみたらあっさりと承諾してくれた。一職人として見てみたい気持ちがあったのだ。
そして彼女は外套を捲って腰のベルトに括り付けられた薬を眺め、「これ……とか、どうですか?」と澄んだピンク色の液体が籠められた一つの長細い瓶をテーブルの上へ静かに置いた。蓋にピンが刺さっており、ピンを抜いてから投擲して使うのだろう。そんな道具について『先生』から聞いたことがある。
「あ、瓶には触っても大丈夫ですけど、蓋とピンには触らないでくださいね」
「ああ、分かった」
そうして俺は〈鑑定〉の魔術を使い、目の前に置かれた瓶の正体を探ってみる。この〈鑑定〉は付与術師や錬金術師など商工ギルドに所属しているなど限られた者にしか与えられない能力で、物体がどのような能力を有しているのか判別するための魔術だ。
「爆弾……、火……いや、炎を立ち上げる効果。範囲は半径一メートルってとこか。威力と持続時間は……」
そこまで判別して、俺は固まる。
え、これ、凄くないか? 炎の持続時間と出力が半端ないぞ? 範囲こそ狭いものの、下手をしたらスズの魔術よりも……いや、間違い無く威力と持続時間だけで言えば天才魔術師と言われるスズの魔術よりも強力だ。推測にはなるが、同じ効果の魔術の四倍近い持続時間と出力だと思う。
あのマリエという女は、この目の前に座るエルフがどれだけ優秀な錬金術師か理解出来ずに手放してしまったらしい。何とも愚かなことだ。
「あの……?」
「あ、ああ、すまん」
俺が固まっているのを不審に思ったのか、レーネが覗き込んでいるのに気が付き我に返った。もう涙を流していないものの、可愛らしい瞳が腫れぼったくなっているのが可哀想だ。
「……分かった、ありがとう。とんでもなく凄い爆薬なのは分かった」
「とんでもなく、ですか……?」
俺の評価にいまいちピンと来ていないらしく、レーネは困ったように眉を顰めた。どうやら彼女は、自分自身がどれだけ秀でているかを理解していないようだ。
「ああ、威力と持続時間だけで言えば〈ベルセルク〉の魔術師が扱う魔術より強力だぞ」
「え、そんな……、まさかですよ」
褒めちぎる俺に苦笑して見せるレーネだが、残念ながら世辞では無い。それに俺は世辞が苦手だ。
しかしそうなると……彼女をこのまま放っておくのも勿体ない気がしてきた。それに自分に対する正当な評価も知らずに一人にしておくのは、ちょっと危険だ。
だとすれば、先程考えていた計画に、彼女を巻き込んでみるのも一興か。
「……なあ、物は相談なんだが、聞いてくれるか?」
「え? はい、何でしょう?」
「組まないか? 俺たち」
「組む……と、言うと? パーティですか……?」
要領を得ない俺の言葉に、レーネが首を傾げる。まあ、二人とも冒険者の端くれだ。組むと言えばパーティとなるよな。
だが、組むのはパーティだけではない。
俺は彼女の作るものがどれだけ偉大であるかを知ってしまった。そして彼女自身がそれを理解していないことを知ってしまった。
ここでもし彼女を一人にしたら、また錬金術を軽んじる者から同じ目に遭わされるかも知れない。
それは同じ職人として、耐えがたいことだ。
「パーティを組むのもそうだが、俺は職人として君の作品に惚れ込んだ。だから二人で工房を構えて、付与術師と錬金術師がどれだけ凄い存在か世に示してやらないか?」
「えっ……」
全く予想もしていない提案だったらしく、レーネはぱちくりと目を瞬かせた後、何故か顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「わ、私の、作品に……、それで、一緒に工房を、ですか……?」
「ああ、コレは正直凄い薬だと思う。保証する。それに俺と組めばこれを更に凄い物に出来るだろ。瓶に付与術でも施してみろ、更に効果が増すぞ」
例えばこの爆薬であれば、蓋に細工をして風魔術の〈ワールウィンド〉でも付与すれば、ピンを抜いた直後のタイミングで発動させ、炎の勢いを増加させることだって出来るだろう。
錬金術と付与術、掛け合わせれば無限の可能性があるのだ。
「……ああ、フェアじゃないんで俺が付与した魔石も見せよう。コレとか、コレでいいかな」
俺はマジックバッグから〈金剛の魔石〉、〈酷寒の魔石〉、〈封魔の魔石〉の三つを取り出し、テーブルの上へ静かに置いた。どれもそんじょそこらの付与術師には作れない逸品だ。
本当は他にも俺の最高傑作とも言える作品はあるが、それらは迂闊に表には出せない。
「わぁ……これ、魔石なんですか? 凄く大きな宝石っていう感じなのに……」
「上手くカッティングしないと効果が出ないからな。〈鑑定〉を使ってみてくれ。こっちの〈金剛の魔石〉は……」
俺の解説を聞きながら、先程まで涙の雨を降らせていたエメラルドグリーンの瞳には、いつしかまだ見ぬ未来への希望の光が見えるようになっていたのだった。
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