第二九話「許せない、決して許すことは出来ない」
ザルツシュタットを出発してから一〇日後、ようやく俺たち三人はベッヘマーへと辿り着いた。
馬車駅から急ぎ足で冒険者ギルドへと向かう。手遅れになっていなければ良いのだが……。
「いいっ加減にしろよオラァ! 吐けっつってんだろうがッ!」
ギルドに辿り着いた時、中から聞こえてきたのはガイの罵声、そして何かを叩きつける音だった。
「………………」
無表情のミノリが、ギルドの表玄関の扉を開く。その、ギルド内の酒場スペースでは――
「ね、ねぇガイ。もう止めてやんなよ。これ以上騒ぎを起こすなって言われてんじゃん」
「そ、そうっすよリーダー、幾らなんでも、これ以上は死にかねないっすよ!」
マリエとショーンも引いている中、ガイは足元にある何かをグリグリと踏みつけている。
いや、何か、ではない。あれは――
「…………やってくれたね、ガイ」
感情を押し殺したようなミノリの声が、小さくもギルド内に響き渡った。
「あぁ!? ……って、ミノリ!? 戻ってきたのかよ!」
どういう神経をしているのか、ガイはミノリが戻ってきたことに気付いて歓喜の表情を浮かべている。普通の状況であれば懸想していた相手が戻ってきたのだから、その表情も納得出来よう。
但し――自らの足で俺たちの妹の頭を踏み潰していなければ。
「魔素よ! 紐となりて奴の身体を縛れ! 〈バインド〉!」
すかさず俺はガイの身体を拘束する魔術を行使した。身体を魔力の紐で縛られ、スズの仇はバランスを崩し尻餅をつく。ガイは鎧こそ着込んでいなかったものの、今の今まで成人男性の体重がのし掛かっていたことに戦慄する。
その間にミノリがスズを引っ張り出し、その小さな身体を抱き締めた。顔が腫れ上がり、黒いロングヘアは血塗れになっている。手首を取ってみたら弱々しいが脈があるので、きちんと生きていることに少しだけ安堵した。
……が、許せない。決して許すことは出来ない。
「テメェリュージ、何しやがる!」
「……何しやがる、だと?」
マリエの神術で拘束を解かれたガイが何か言ったが、俺は自分でもぞっとする位の低い声でその戯言へ逆に問い掛けた。
「レーネ、スズを頼む」
「は、はいっ!」
レーネの薬ならば、スズの傷も綺麗に治せよう。
だが、だからと言って大切な妹に対する目の前の蛮行を許してやれるほど、俺はお人好しじゃない。腸は冗談みたいに煮えくり返っている。
「なんだリュージ? 第三等の付与術師如きのテメェが俺とやり合う気かよ?」
相変わらず等級と職業でしか強さを判断出来ないらしく、俺に向かって嘲笑を浴びせるガイ。
――お前に如何にして地獄を見せてやるか、俺は今それだけを考えているというのに。愚かなことだ。
俺は戯言に何を言い返す事も無く、杖をミノリに渡して腰を落とし、構えた。鈍いガイでもただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、舌打ちをして腰の剣を抜き放った。
「そこまでだ」
「なっ……!?」
何時の間にか何者かに近寄られ、首元にフォークを突き立てられたガイが呻き声を上げて固まる。
……流石は現役時代デーア王国で最強の剣士と言われた、元第一等冒険者のイーミンさんだ。俺も全く気配に気づけなかった。
「おい、ガイ。次に騒ぎを起こしたら第三等に降格だって言っておいたよな?」
「ギ、ギルマス、アイツが先に手を出してきたんだよ、俺じゃねえよ……」
イーミンさんに凄まれ、この期に及んで保身のために俺を指さすガイ。
……レーネから必死の治療を受けているスズの状態と言い、状況証拠どころか物的証拠も証人も揃っているのだが、往生際の悪い奴だな。
「……ふむ」
だが、何か思うことがあるようにイーミンさんはフォークを引き戻した。まさかガイの言うことを信じてはいないだろうが……。
「であれば、リュージ、ガイ。二人とも外に出て決闘しろ。立会人は俺が務める」
次回は20分後の22:17頃に投稿いたします!




