第二八話「ただただ後悔していても、救うことは出来ない」
冒険者ギルド経由でスズから手紙が届いた翌日、俺とミノリ、レーネは金に糸目を付けること無く、すぐに乗合馬車で一路ベッヘマーの街を目指していた。
ツェツィ様からは「帰りにラウディンガーの城へおいで下さい。そこで依頼料の残りをお渡しいたしますわ」との御言葉と共に、王家の印が押された紹介状を預かっている。お二人は馬車ではなくザルツシュタットで預けていた馬で帰って行った。
俺たちも急ぎお二人が使ったその交通手段で向かいたい所ではあるものの、生憎そうそう都合良く馬を貸してくれる伝手も無ければ、この三人の誰一人として馬には乗れない。
しかし、今はスズのことだ。一体何があったと言うのか。
――いや、大体想像は付く。ガイが原因なのだろう。
「……あたしの所為だ」
「………………」
そう自分を責めるな、と何度も言っているのだが、馬車の荷台で膝に顔を押しつけ己の行動を悔やむミノリに、俺もレーネも、最早掛ける言葉が見当たらなかった。
恐らく、ミノリに気があるガイが居場所を教えろとスズを暴行しているとか、そんな所だろう。二人で一緒に街を出ていればこんなことにはならなかったのに、とミノリは繰り返している。
だが悔やんでいても仕方が無い。今は急ぎベッヘマーへ向かい、いち早くスズを救い出すしか無いのだろう。
「……ミノリ、ご飯を食べて。いざという時動けないよ」
レーネが出発前に買ったパンを袋から取り出してミノリへ差し出すも、妹は顔を上げない。
「…………食欲無い」
「それでも食べろ。到着したら動けませんでした、なんて話にならんぞ。『先生』も言ってたろ、ちゃんと寝てちゃんと食べた奴が、最後に何かを成し遂げられるってな」
「………………」
俺の強い言葉にやっと反応し、涙に濡れた顔を上げたミノリは短く「ありがと」と応え、レーネからパンを受け取った。安堵したレーネが小さく息を吐く。
「……喉につかえる。しょっぱい」
「どちらも泣いてるからだな。水でも飲んどけ」
仕方の無い妹だ、と思いながら、俺は水筒を差し出した。
「うわぁっ! 止まれ! 止まれ!」
王都ラウディンガーで馬車を乗り換え、デーア王国との国境付近に延びる山間の道を進んでいた時のことだった。前方の御者台から焦ったような叫び声が上がったかと思うと、馬車が急停車した。
「おいおい、一体何事……うわっ!」
荷台から前に身を乗り出して御者台の方の様子を確認した男性客の一人が、驚きに固まっている。相変わらず塞ぎ込んでいるミノリをレーネに任せて俺も覗き込むと、理由は分かった。
「崖崩れか……」
見れば、西側の山から転がったらしい、俺の腰までありそうな大きな岩が道を塞いでいる。人が通る隙間はあるが、これは馬車だと通れないだろう。
乗客を集め、御者が状況を説明して引き返すと言い出した。とは言え目の前の岩がどかせないという理屈は分かっても感情がそれを許さないのだろう。乗客の半数以上が憤慨し、御者へと詰め寄った。
「そんな! 通れないの!?」
「デーアに急ぎの用があるんだよ! 何とかならんのか!」
怒りの声に対して、御者はどうにも出来ず宥めようとするだけだったが、それが逆に火に油を注いでしまっているようだ。
「困りましたね……徒歩で向かうしか無いんでしょうか?」
「この場所から徒歩は勘弁願いたい所だなぁ……なら、どかすまでだろ」
不安そうなレーネに俺はそう言うと、マジックバッグから一つの魔石を取り出し、この魔石には邪魔となってしまう杖をレーネへ手渡した。
「え、まさかこの大きさの岩を運ぶんですか?」
「いや、流石にそれは〈豪腕の魔石〉を使っても無理」
顔を引き攣らせたレーネの言葉を、俺はかぶりを振って否定する。
そう、〈豪腕の魔石〉を使ったとて、このデカい岩をどうにか出来る訳でも無い。
だから、他の手段を用いてこの岩をどかしてやろう。
次回は20分後の21:57頃に投稿いたします!




