第二七話「つつがなく依頼は達成を迎えた、その時……」
焼け焦げた黄金熊の死骸は布を掛けた上で、ミノリが冒険者転入届を提出するついでにギルドへと運んで行った。同じ魔物が現れた時に被害が出ないよう、注意喚起を行う為である。魔物であるという証拠のため、ツェツィ様へ後でお譲りすることをお約束して魔核も渡しておいた。
一人で運ばせんなーと文句を言っていたが、こちらは急ぎの用があるのだから仕方が無い。最高品質の〈豪腕の魔石〉を持たせておいたし何とかなるだろう、多分。
その間に、俺とレーネは作業へと取り掛かる。もう昼過ぎであるが、この魔石作成であれば夕方には終わるだろう。
「なるほど、まずはその特殊なナイフで大まかに〈無の魔石〉を切り出して、それから研磨に入るのですね」
「はい、ですが研磨の前に触媒を使って一度熱を加えます。その時点で力が付与されるのです」
「不思議に思っていたのですが……、その時点で効果が付与されるのであれば、ポリッシュでしたか? それは必要無いのでは?」
「いえ、最終的にポリッシュをしないと十分に力が出ないんです。むしろどれだけ強い力を持たせられるかは、ポリッシュを含めたカッティングの技術次第になりますね」
俺はディートリヒさんに魔石の作成方法を説明しながら、作業を進める。作業中邪魔にならなければ、と申し訳なさそうに解説を求めてきたが、俺としては付与術師の力を近衛騎士へと説明出来るのである。こんな喜ばしい機会は無い。
「これが蒸留という工程ですか、どういう原理なのですか?」
「一度沸騰させた水は液体から気体……空気になるのです。冷やすことで再び液体へと戻りますが、そうすると余分な成分が抜けてくれるのですよ」
工房として同じ部屋を使っているレーネも、興味深そうに覗き込むツェツィ様へ解説しながら作業を行っている。
「レーネ、瓶は最終的に付与を施すから、薬が完成する前に言ってくれ」
「はい、分かりました!」
レーネがこちらを見ることなく、慎重に作業を進めながら応えてくれた。俺の方も〈無の魔石〉を切り出したので、触媒と一緒に耐熱皿の上に置き、魔術で熱を加えてゆく。魔石に力を取り込まれた証拠として植物たちが萎れていくのを見て、ディートリヒさんが驚きに目を見張っている。
「この後、プレフォーミングという工程で大体の形を取った後に、専用のホイールを使って更に形を整えていきます。ここからが長いですが、気長にお待ちください」
「おお……職人技が見られるとは、感激ですね」
「まだまだ、俺なんてヒヨッコですよ」
期待している所ディートリヒさんには悪いが、昔、『先生』の伝手で一時教えを請うた熟練の宝石職人に比べれば、俺など赤子同然である。
その後、プレフォーミングを終えた所でレーネの薬瓶に付与を施し、魔力で動作する専用のホイールなどを使いながらシェイピング、ポリッシングを進めてゆく。
そうして〈解呪の魔石〉が出来上がったのは、空が赤く染まった夕方頃だった。
「魔力を籠めれば発動して力を失います。陛下のお側でお使い下さい。あ、時間が経てば再使用できますのでご注意を」
「分かりました。こちらの薬については、注意事項など御座いますか?」
「いえ、リュージさんの手で時間が経つにつれて薬の効果を増幅させる〈快癒〉が付与されていますが、開封後は普通に経口投与して頂ければ大丈夫です」
俺とレーネが魔石と薬の説明を終えると、預かったディートリヒさんは大事にマジックバッグの中へと仕舞い込んだ。おお、あのマジックバッグは容量がデカくて高いんだよな。流石は王女殿下の護衛を務める近衛騎士だ。
「重ね重ね、ありがとうございました。依頼料の残りは後日使いの者に持たせますので、お待ちください」
「はい、お待ちしております。ですが今日はもう遅いので泊まっていってください。出発は明日に――」
そこまで口にしたところで、バンと荒々しく玄関が開けられた音がした。驚き、廊下を覗き込む。
「……ミノリ?」
見れば顔面蒼白のミノリが、急ぎ足で工房へとやって来た。ただならぬ様子に、俺は声を掛けるのも躊躇われてしまう。
そしてミノリは、無言で俺の目の前に一通の手紙を差し出した。宛名はザルツシュタットの冒険者ギルド所属と書き添えられた上で、俺とミノリになっている。これは――
「……スズの字?」
だが、スズらしからぬ震えた字だ。いつもはきっちりと判を押したような精密な字だというのに。
俺は既に封の開けられている封筒から手紙を取り出し、広げた。
「………………」
絶句してしまう俺。
手紙には血の混じった涙の跡。
そして――「たすけて」とだけ、走り書きされていた。
次回は明日の21:37から、五話連続投稿いたします!