第二六話「我が妹ながら粋なことを言う」
スライムを換えの〈封魔の魔石〉へと封じ直した後、俺たちは黄金熊の正体を調べていた。
「ふぅ、はぁ……。や、やっと魔核、取り出せた……」
「お疲れさん、ミノリ」
手を血と脂でべとべとにしたミノリが、泣きそうな顔で俺に魔核を手渡した。黄金熊の外皮が非常に堅かった為、当然ながら胸の奥にある魔核を取り出すのも一苦労だった訳である。〈鋭利〉を付与した〈ペイル〉でなければ解体は出来なかっただろう。
「大きな魔核ですね。一体この熊は何だったのでしょう?」
「分かりません。色と大きさ以外は、〈レッサー・グリズリー〉なのですが……」
ツェツィ様とレーネが、興味津々とばかりに俺の右掌に置かれた赤ん坊の頭ほどはある大きさの魔核を眺めている。王女殿下の仰る通り、こんなデカい魔核はそうそうお目にかかれるものでは無い。
レーネの言う〈レッサー・グリズリー〉は、大陸南部の広範囲で普通に見かけられる、熊にしては比較的小型な部類だ。色も金色ではなく、濃い茶色とかそんな感じである。
「ディート、念の為の確認ですが、このような魔獣の目撃情報を聞いたことはありますか?」
「……いえ、全く御座いません。あれば小隊で討伐に向かう程の存在です」
ツェツィ様もディートリヒさんも、聞いたことは無いらしい。ということは新種の魔獣と考えて良いのだろうか?
「となれば、最近魔物化したということか……。熊を魔物化させるほどの魔力スポットなんて、聞いたこと無いぞ……?」
俺は唸りながら同じような事象に心当たりが無いか記憶を辿るが、やはりそんな話は聞いたことが無かった。ザルツシュタットの冒険者ギルドの依頼掲示板でも目にした記憶は無い。
ただの獣が、強い魔力を吸収して魔物化するということは稀にある事象だ。
だが獣が魔獣に至るまでは継続的に魔力を浴びる必要があり、所謂『魔力スポット』と呼ばれる、自然に魔力を放出する地点で小さな獣がそれを浴び続けた結果、魔物化する話は聞いた事がある。
しかし、熊ほどの大きな獣であれば心臓が魔核化するまでに大量の魔力を必要とするだろうし、中途半端に与えられた場合は魔力中毒で死んでしまうのがオチである。こんなデカい魔獣など生まれる筈が無いのだ。
「……もしかすると、これが関係しているのかも知れませんね」
レーネは自分の掌の上に置かれた、布で包まれている焼け焦げた針を見ながらそう呟いた。焼け焦げているのはレーネの薬品の所為だが、この針が熊の胸に突き刺さっていたのである。
「明らかに魔力を感じるしなぁ……。とは言えレーネが気付かなかったら見逃していたかも知れんが」
ただの針が魔力を帯びている訳がない。するとこれは魔石のようなマジックアイテムか、呪物と呼ばれるものだ。ただの熊を魔獣と変えたのがこの針、という可能性は十分にある。
「皆さん、相談なのですが……その針と魔核、買い取らせて頂いても宜しいでしょうか?」
事態を重く見たのだろう。調査の為かツェツィ様がそう申し出てくれた。
俺たちも金にならないのにこれらを所有している理由が無い。もし王女殿下に買い取って頂けるというのであれば有難い話だ。
「レーネ、ミノリ、それで良いか?」
「はい、もちろんです」
「いいですよ、ツェツィ様。あ、ただし……」
「ただし?」
不思議そうに首を傾げるツェツィ様へ、ミノリはピッと血塗れの指を立ててみせた。
「あたしたちは五人パーティで倒したんですから、冒険者として利益は山分けってことで」
仲良くぽかんと口を開けていたツェツィ様とディートリヒさんが、これもまた仲良く同時に噴き出した。
「……ぷっ、あはは、そうですね! パーティで山分けです!」
王女殿下は心底楽しそうに、そう笑って答えたのだった。
「それにしても、レーネさん。あの薬品は凄い威力でしたね……? 普通の錬金術師ではあのようなものは作れませんが……」
「あ、いえ、ディートリヒさん。あれはリュージさんの付与あっての威力なんです」
「単体でも高威力だったけど、縦方向の〈ワールウィンド〉を付与したら凄まじいことになったな……、使いどころを考えないといけないな」
そんなことを話しながら、俺たちは自宅への道のりを戻って行った。
ちなみに材料なんかより、当たり前のように熊の方が重かった。ディートリヒさんとミノリ、三人掛かりでやっと運んでいったよ……。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




