第二三話「責任感が強いのは良いことなのだがこちらのことも考えて頂きたい」
ツェツィ様とディートリヒさんにはそのままうちに泊まって頂き、翌日。
俺たちは自宅の裏手に広がる森の獣道を、材料を探しながら進んでいた。
「……しかし、本当に宜しかったのでしょうか、ツェツィ様?」
俺は荷車を引きながら、背後の王女殿下に向かって呆れを隠すことなくそう尋ねた。何故かツェツィ様も、御自身の杖を手にこの材料採集に同行することになったのである。
「当然です。わたくしがお願いしているのですから、人任せにはしたくありません。わたくしも働かせてください」
「はぁ……」
俺は鼻息の荒いツェツィ様に微妙な返事をしつつ、隣のディートリヒさんに視線を向ける。諦めたようにかぶりを振っているな。どうやら王女殿下は責任感があって頑固なお方らしい。
荷車を引く俺と、鎧を身に纏い盾を持つディートリヒさんが先頭、その後ろにツェツィ様、レーネ、殿をミノリに任せて進んで行く。途中で見つけた材料を荷車に載せつつ、森の奥へと向かう。
「そう言えば、皆様はラナちゃんたちとは親戚か何かなのですか?」
俺たちがラナたちの面倒を見ているのを不思議に思ったのか、ツェツィ様がそんなことを尋ねてきた。まあ、そう思われてもおかしくはないかも知れないが。
「いえ、俺とレーネは偶々あの家を工房として選んだだけで、ラナたちは元から居た隣人だったんですよ」
そう言って俺が以前トールさんから聞いていたラナたちの事情を話してみせると、俺とレーネ以外の三人が顔を曇らせる。
「そうなのですね……。母親を亡くして、父親が蒸発……」
「よくある話ではあるのですけどね。不幸中の幸いなのは、あの子たちの面倒を見てくれていたトールさんという方が居たことです。こういうことで死んでしまう子供たちも、少なくないですから」
そう、俺と妹たちだって『先生』に拾って貰ったからこそ今こうして生きている。だからこそ、与えられた恩は同じ境遇の子供たちに返していかなければ。
「トールさん、という方ですか。ディート、後でお礼を送っておきましょう。年端も行かぬ子供たちを助けてくれたことに、謝意を示さなければ」
「……ツェツィ様。失礼ながら申し上げます。トールさんはそんなことを望んでいないと思います」
俺も、ミノリが言うことに同意だ。トールさんみたいな人は見返りを望んでいる訳じゃない。ただラナたちのような子供が減ってくれることだけを望んでいるのだ。
ツェツィ様もそれに気付いたのか、「失言でした、忘れてください」とだけ答えた。時には善意だと思ってやったことが、立場上相手を傷つけることだってある。すぐにそのことへ思い至れたツェツィ様も、きちんと民を思いやることが出来る方だと思う。
「皆さん、止まってください」
微妙な空気になった所で、レーネがそう声を上げ全員が足を止める。振り返ると、森の民でもある彼女はしゃがんで地面を確かめているようだった。
「レーネ、何か見つけたか?」
「はい。猪の糞があります。これは〈スレンダー・ボア〉ですね」
レーネが指を差した所に、確かに大きな糞が落ちている。俺たちは気付かなかったというのに彼女が気付いたのは、エルフというより錬金術師として鼻が良いからだろうか?
「糞だけで猪の種類まで分かるとは、流石はエルフだねえ」
「……まあ、森では珍しくもない種類の猪だからね」
おや、感心していたミノリに対して、レーネはと言うと複雑な表情をしている。猪に何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「〈スレンダー・ボア〉というのはどのような猪なのですか?」
そんな空気に気付いているのかいないのかツェツィ様が尋ねると、レーネの様子はもういつも通りに戻っていた。気のせいだったか?
「大型ですが、名前の通り一般に思い浮かべる猪よりほっそりしています。性格は臆病、夜行性で、昼間人の気配がある所には近寄ってきません。ただ猪は猪なので牙を持っており、突進されたら命に関わりますので注意は必要ですね」
「大型の猪、か……」
それは突進されたら危険だな。一応ディートリヒさんとツェツィ様には〈金剛の魔石〉を持たせているが、〈金剛〉の防壁が猪の突進まで受け止められるかは疑問だ。
「ディートリヒさん。念の為です、これを」
俺はマジックバッグから取り出した一つの魔石を、ディートリヒさんへと差し出した。
「これは?」
「〈豪腕の魔石〉です。身体能力を高める魔石で、ミノリにも持たせています」
もし〈金剛〉で防御しきれない威力の突進を受けたとしても、〈豪腕〉の効果があるこの魔石とディートリヒさんの大盾があれば受け止めることが出来るだろう。
「有難い、お借りしよう。……おお、素晴らしい。身体が軽いな」
「どうでしょう、近衛騎士隊に導入しては?」
「ははは、商魂たくましいな。だが普段も使っていると癖になってしまいかねないので、遠慮しておこう」
おっと残念、売り込みは失敗してしまったか。まあ、ミノリも同じ理由で普段は使っておらず、こうしたいざという時にしかこの魔石は利用しないようにしている。ストイックな戦士であるほど、こういった力には頼らないものなのだろう。
他にも使える魔石を手元に準備した後、俺たちは採集活動を再開することにした。
次回は明日の21:37に投稿いたします!