第二一話「楽にしてと言われても」
「……お、王女殿下、で、御座しますか……?」
「はい、そうです。……ああ、跪かないで結構ですよ。楽にしてくださいませ」
声を絞り出したレーネと俺、ミノリが慌てて跪こうとしたところをツェツィーリエ王女殿下が止めた。恐れ多いが王女殿下の命なので、ここは素直に従っておこう。
「わたくしは今、お忍びでやって来ているのです。呼び方もツェツィ、でお願いいたしますわ」
「……承知いたしました、ツェツィ様」
「はい♪」
……なかなかに難しい事を仰るのだが、命ならば仕方あるまい。ツェツィ様こそ両手を合わせて嬉しそうにしているが、ディートリヒさんの視線が若干痛い。
しかし、こうして王族に拝謁するなど考えてもみなかった。依頼と言ったか。
「依頼、と仰いましたが、まずそれを伺う前にお礼を言わせてください。ラナとレナにご飯を分けて頂き、ありがとうございます」
二人が食べているのは、明らかに米だ。流通の滞っているザルツシュタットでは中々手に入りにくい品だろうに、栄養満点の米を育ち盛りの姉妹に分けて貰えるのは有難いことだ。
「いいえ、どういたしまして。……と言っても、作ったのはディートリヒですけれども」
「そうですか……ディートリヒさん、ありがとうございます」
「いえ、子供の食事に野菜だけではいけませんからね。きちんと米や肉も食べて貰わねば」
少し恥ずかしそうにしているディートリヒさん。騎士だというのに結構美味そうなご飯を作っている。俺も食べたい。
「ラナちゃん、レナちゃん、ご飯美味しい?」
「はい! 騎士様の作ってくれたご飯、美味しいです!」
「おいしー!」
レーネの言葉に、嬉しそうにそう応える姉妹。それを見て、ツェツィ様のお顔も綻んだ。
って、おっとっと。和んでいる場合ではない。ツェツィ様の依頼というのを確認しなければ。
「ラナちゃん、レナちゃん。私たちはこれから大事なお話があるので隣の家に向かうけど、残りのご飯もよく噛んで食べておくんだよ。それと片付けもしっかりね」
「はい! ありがとうございます!」
「はーい!」
ディートリヒさんの言葉へ元気に応える姉妹の声を確認してから、俺たちは隣の自宅へと向かうことにしたのだった。
「さて、そちらの剣士の方は初めまして、ですね?」
「は、はい! あたしはミノリと言います! 第二等冒険者です!」
普段人前で緊張などしないミノリも、王女殿下を前にガチガチになっている。まあ無理も無いよな。
「あら、リュージさんも第三等ですのに、更にその上なのですね。驚きましたわ」
さして驚いている様子も無いように見えるのだが、ツェツィ様が頬に右手を当ててそう言いながらミノリを注視している。
「そして、ディートについてもきちんと紹介しておかねばなりませんわね。彼はディートリヒ・フォン・シュタインバッハ。わたくしの護衛騎士で、最も信頼のおける者の一人ですわ」
「……勿体なき御言葉です」
言われたディートリヒさんが、ツェツィ様の方を向いて恭しく頭を下げる。差詰め彼はツェツィ様の忠実な護衛騎士、といった所か。
「……さて、ツェツィ様。どのような依頼かお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ああ、リュージさん。それは私の方から――」
言いかけたディートリヒさんを、ツェツィ様が手で止める。
「いえ、ディート。わたくしのお願いなのですから、わたくしの口から説明させて頂戴」
「……承知いたしました」
ディートリヒさんは命に反することなく、そう答えてから沈黙する。
「……先に申し上げておきますが、今から説明する内容は、決して口外しないようお願いいたします」
「畏まりました。二人も、大丈夫だな?」
神妙な様子のツェツィ様に答えつつレーネとミノリの様子を窺うと、二人とも真剣な表情で頷いた。
しかし、口外するなということは機密か何かだろうか? 身の丈に合わない依頼が降ってきそうな気がしないでも無いが……。
次回は明日の21:37に投稿いたします!