第二〇九話「要衝ザルツシュタットに、更なる発展を」
物語のエピローグです。
「じゃ、行くよ」
艶やかな衣装を身に纏ったスズが器用に杖をくるくると回し、眼前に聳える巨大な壁に向けてその先端を差し出す。その様子を、周りの観客は固唾を飲んで見守っていた。近付いていると危険であるため、衛兵たちが興奮する彼等を必死に下がらせている。
「偉大なる魔術の神よ、その力の片鱗を我が手に、あの壁を撃ち抜く鉄槌をください、〈ミョルニール〉」
大陸で一一人しか居ない特等冒険者の一人、その魔術師が放った不可視の鉄槌が壁に叩き込まれ、重い金属音が鳴り響く。
しかしながら壁はビクともしておらず、変わらぬ姿を保っていた。静まり返っていた観客たちから大歓声が上がり、実験が成功したことがはっきりと分かった。
「はぁ……、成功したか」
観客に交じって見ていた俺はと言うと、安堵で大きく脱力していた。いやいや、成功して良かった。これで失敗していたらまた壁の造り直しだったからな。
「お父様ったらもう、心配し過ぎですよ」
「そうは言うけどなぁ」
俺を見上げて苦笑しているマリアーナに向かって、ガリガリと頭を掻きながら応える。ほら見ろ娘よ、隣のママだって胸を押さえて安堵しているじゃないか。
「ん、実験終わり。これでリュージ兄の壁造りも終わりだね」
燃えるような紅い衣装を靡かせながらスズが戻ってきた。胸元が大きく開いているドレスは今回の余興用に仕立てて貰った逸品であり、本人も気に入っているようだ。人並みに容姿を拘るようになってくれて兄は嬉しい。
「まあ俺の壁造りって言うか、壁を造ったのは職人の皆さんだが」
そう言って、俺は目の前の高い外壁を見上げた。町を大きく囲むこの外壁は、それこそ大陸中から集まった大勢の作業員、多くの資材を用い八年掛けて造られた技術の結晶である。決して俺の手柄などでは無い。
「あら、でも先程スズお姉様の高等魔術を防いだのは、お父様とお母様のお作りになった〈鍵の魔石〉あってこそですわよね?」
「……まあ、そうだが」
マリアーナが悪戯っぽく微笑むので、俺もつられて苦笑する。核とも言える〈鍵の魔石〉により、外壁は高等魔術を弾き返す程の異常な防御力を誇っているのである。それを作ったのは確かに俺とレーネだが、そんなものは一日作業のものだ。八年間努力し続けた作業員の皆様の方が、遙かに凄い。
「あら? もう終わっちゃったの? 急いで来たのに」
「あっ、ミノリ姉様ですわ!」
暫くお祭り騒ぎをしている周りに付き合っていたら、遅れてやって来たミノリの元へマリアーナが駆け寄る。どうやら一人のようだが――
「ミノリ、身重なのにこんな所まで一人で来たの? 旦那さんはお仕事中?」
「うん。まあ宿屋だからね、このお祭りの中、あたしが出て来られただけでも感謝しないと」
心配そうなレーネにカラカラと笑って返すミノリである。まだ子供が産まれる前だと言うのに、すっかり肝っ玉母さんといった貫禄が付いてきたものだ。
ミノリは数年前に宿屋の息子と結婚し、冒険者を引退した。スズも先日冒険者仲間と結婚した為、いずれは引退して何処かに引っ込む予定らしい。
無茶ばかりの人生だったが、妹たちが嫁に行くまで生きていられて良かったと思う。
「もうすぐ臨月だっけか。孫が出来るみたいで楽しみだ」
「いやいや、甥っ子か姪っ子でしょうが……」
しみじみと呟いていたら、ミノリに白い目で突っ込まれた。そうは言うけどなぁ。ミノリとスズはガキの頃から世話してやってきたし、妹というよりも娘という感覚の方が近くなってきてなぁ。
と話していたら、こっそりこの場から逃げだそうとしている影がある。逃がさんぞ。
「ミノリもスズも家庭を持つことが出来たし、あとはアイだな」
「……そう言われるから、ここから逃げたかったんだよね……」
大きな溜息を吐いている、俺の養子であり長女であるアイにはまだ恋人すら居ないらしい。人種の坩堝となっているザルツシュタットでは、東方人のアイでも決して旦那を見つけることに苦労は無いと思うのだが――如何せん俺を基準に男を考えるようで、条件に見合った相手が居ないのだとか。どうしてこうなった。
「やあやあ、お疲れ様、ハントヴェルカー伯爵、スズさん、それに皆さんも」
「おう、来てやったぜ」
「おっと、ライヒナー候、お疲れ様です。ミロスラーフも」
歓談していた俺たちのところへ、挨拶回りをされていたライヒナー候がいらっしゃった。側には護衛のミロスラーフを連れている。これだけ人が多いと大貴族に護衛一人じゃ何とも、と言う感じではあるが、その護衛の腕が半端じゃないからな。
「ミノリさん、体調は大丈夫かい?」
「ええ、お陰様で、お気遣いを頂きありがとうございます。子供が産まれましたら、ライヒナー候にも御挨拶に参りますね」
「ふふ、楽しみにしているよ」
ミノリとそんなやり取りをされた後、ライヒナー候はニコニコと笑みを見せながら俺の方へと向き直られた。
……経験則からして、この笑顔、何かあるなあ……。
「ところでハントヴェルカー伯爵、外壁建設の主導、とても助かったよ、ありがとう」
「……いえ、とんでも御座いません。上手く運び作業員の皆様には感謝しております」
「うん、そして次の公共事業なんだけれど」
あ、やっぱり来た。
そりゃそうだよな。採石場やセメント工場、建設作業員の仕事が無くなってしまうし、新たな仕事を作らないといけない。今は増えている人口へ対応する為に家屋の建設へと作業員を回しているけれども、そっちだって打ち止めになるだろうしな。
「実は、国王陛下から直々にご相談を受けていてね」
「……領地運営ではなく、国の、ですか」
「ここザルツシュタットに、城を建てて欲しいと」
………………。
城。
「いや、城なら王城があるじゃないですか」
うん、王都ラウディンガーにあるよな。何故ザルツシュタットに建てる必要があるのかと。
俺の至極真っ当な返しに、ライヒナー候は「いやいや」と否定なさった。どう言う事ですか。
「実は……大きな声では言えないんだけれど、遷都の計画が立てられているんだよ。ザルツシュタットを王都にしてしまおうという計画」
「……それ、お祭りの中で聞く話じゃないですね」
たぶん、今ライヒナー候を睨んでいる俺の目は白くなっていると思う。なんでそんな大事な話を今するんですか!
まあ遷都する理由も分かる気はするが。今やザルツシュタットは、陸路、海路両方において大陸一の要衝となっている。西の大陸へ向かう出口もザルツシュタットであるし、それに伴って人口自体も爆発的に増えた。逆に言うと他所からの流出もある訳で、王都ラウディンガーやその周辺も例外では無いのだろう。つまりは、ラウディンガーの人口が減っているのだ。
「そう言う訳で、心構えはしておいてくれ」
爆弾発言を残し、ライヒナー候は去って行かれた。大きな話が終わったと思ったら……。
身重のミノリを気遣いながら、六人で外壁前から町の中心への道をゆっくりと歩く。この道も立派になったものだ。外壁に見合わない町にはしたくないと、有志の方々の努力もあったのだ。
「人が、町を作ったんだなぁ」
「今更何を言ってるの、リュージ」
しみじみと呟いていたら耳の良いエルフに聞こえたようで、レーネはクスクスと笑っている。その笑顔は二人でザルツシュタットに来た頃と変わらず若々しいままである。俺はと言うと少し老けたが。
「いやなに、俺たちが来た頃は大地震やら何やらで町が寂れていただろう? それが世界一の要衝になるなんて、思いもしなかったじゃないか」
「まあねえ」
レーネも昔を思い出しているのか、天を仰いでいる。思えばあの時魔石を掘り出したり国王陛下をお救いしたりした時からザルツシュタットの大成長は始まったのだったか。マリアーナなどは「ザルツシュタットは、寂れていたのですか……」と少しショックを受けている。今の町からは考えられないのだろう。
ちなみにベルン鉱山では既に魔石が採り尽くされているのだが、今は周辺の山々からも魔石が採掘されている。魔石の一大産地となっており、ザルツシュタット港から世界中へと輸出されているのである。
「頑丈な外壁は造り終えたが、城かぁ……。次はどんな魔石を使えば良いだろうか。やっぱり、〈鍵の魔石〉は外せないか?」
「でも、〈鍵の魔石〉だと拡張する時大変だよね? 外壁とかに使うなら良いけど」
レーネと二人でああでもないこうでもないと議論を始めたら、周りの四人が噴き出した。え、どうした。
「なんだ?」
二人で憮然としていると、笑いを堪えていたミノリが目の端の涙を拭いながら「ごめんごめん」と応えた。そんなに可笑しいことあったか?
「やっぱり、二人とも職人なんだなって。物作りをしてる時が一番活き活きしてるよ」
「ん。二人とも、この町に来た時から、変わらない」
妹たちからそんな事を言われてしまい、俺とレーネは顔を見合わせる。
そして、俺たちも同時に噴き出した。
「……そうだな、俺たちは変わらない。職人なんだ」
「あはは、そうだね」
英雄と呼ばれようが、貴族になろうが、俺たちは変わらない。
ただ、人の暮らしを支える為に働く、職人でありたいんだ。
「城、どうしようかなぁ」
「リュージ兄、あたしが設計しようか?」
「だからミノリ姉が設計すると、迷路になりかねないから……」
「ミノリのそれ、一種の才能だよね……」
「お父様! わたくしも自分の部屋が欲しいですわ!」
「いやいやマリー? 王様のお城だからね? 私たちのじゃないからね?」
そんな騒がしい声を響かせながら。
追放から始まった俺たち家族は、今日も日々を楽しく過ごしているのだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
リュージの物語はここで終わりとなります!
宜しければブクマや評価を頂けますと幸いです!
また次回作でお目にかかれることを願います!