第二〇八話「神の終わりは物悲しく」
アブネラはそれほど遠くまで移動していなかったようで、暫く山道を進むとその後ろ姿が見えた。右足はまだ再生が為されておらず、残りの左足と、四本ある腕のうち二本で這いずりながら進んでいた。
さあ、身体は痛むが正念場だ。先ずは何より――身体を治さねばならないが、あの魔石を使わざるを得ないか。
「その為にはアブネラの力を利用しなければならないし、近付く必要がある。流石にバレるだろうが止むを得ないな」
俺は自分にそう言い聞かせ、足を引き摺りながら急ぎアブネラへと接近した。
『……む?』
背後の音に気付いたアブネラが停止し、振り返る。俺の姿を見つけると、その赤い瞳がすぅっと細められた。
『貴様、追って来たのか。折角見逃してやったと言うのに』
「何故見逃した?」
『………………』
アブネラは答えない。いや、まさか、答えられないのか?
……まあ、良い。俺は先ず此奴の力を使って身体を治す必要がある。
俺は躊躇わずアブネラへと近付いて行く。今攻撃されたら呆気なく死ぬだろうが――何となく、それは無いような気がした。
何故なら、そのつもりがあれば見逃す事などしなかったからだ。恐らく、見逃さなければならない理由があった筈だ。
『おい、何故近付く? 死ぬつもりか?』
「話をしたいと思ってね」
何処か焦った様子のアブネラに構わず、俺はその剣が届きそうな位置まで近付いた。足の痛みが限界だが、此処まで近付けば――いける。
『我は話など――』
と、何かを言い掛けたアブネラのその表情が苦悶に歪む。俺はまだ何もしていないと言うのに、この反応は、まさか――
「……ああ、そういう事か。おかしいとは思ったんだよ、〈グアレルト〉の連中も、お前も、異様に恐れていたからな、……コレを」
そう言って、俺は腰に提げた『ギフト』の一つ、〈フェスタールの魔石〉を掲げて見せた。それと同時に、アブネラの赤い瞳が見開かれる。
『貴様! 止めろ! その石を我に近付けるな!』
「だったら遠距離攻撃なりで確実に殺せば良かっただろうに、それが出来ない理由があったんだよな?」
狼狽するアブネラに対して、俺は口端を上げ笑い問い掛けた。先ず、見ての通りアブネラは『ギフト』の魔石を恐れている。
そして迂闊に俺を攻撃出来なかった理由は、『ギフト』の魔石が破壊されることで新神の力が解放され、アブネラがそれに巻き込まれ消滅、或いは再封印される可能性があるからだ。恐らく、最初に使った小石や弾丸での攻撃を再度行わなかったのは、『ギフト』の存在に気付いたからだろう。爆風で吹っ飛ばした時も内心ヒヤヒヤしていただろうな。
「『ギフト』の力は素晴らしいが、今お前を滅ぼす事に使えるならば惜しくは無い。……しかし、その前に――お前の力を頂く」
『止めろ……止めろ!』
慄いているアブネラに構わず、俺は〈フェスタールの魔石〉に魔力を籠めた。それと同時に、全身の傷が癒えていく感覚が訪れる。足の骨もくっ付いたようだ。
「流石に破格の力だな、この魔石も、そしてお前の力も」
俺は〈フェスタールの魔石〉を起動したまま、力を吸われて地に伏せるアブネラに向かってそう投げ掛けた。この『ギフト』は、どんな傷でも癒やす代わりに、副作用として手近の生物の生命力を奪ってしまうのである。
以前、俺がアデリナの罠に掛かって瀕死の重傷を負った時もこの『ギフト』を利用し復活する事が出来た。その時に、偶々近付いてきていた野犬が絶命したことでこの副作用を知ったのである。
『止めろ……止めろ……』
俺の傷が完全に癒えた事で〈フェスタールの魔石〉の動作が停止したが、最早虫の息となっているアブネラは譫言のように繰り返している。平和の神のなれの果てがこれと言うのは、何とも悲しい物だ。
俺はアブネラに構わずマジックバッグを漁り、とびきり強力な設置型の爆弾を取り出した。コレは〈榴弾〉と〈ナパーム〉の効果を兼ね備え、更に威力を高めたレーネ渾身の一作である。使い所が分からなかったが、使うなら今だろう。それにしても重い。
爆弾をうつ伏せになっているアブネラの背中に設置し、起動する。そしてその場に手持ちの『ギフト』である〈フェスタールの魔石〉と〈アウレレの魔石〉、〈フヌンギの魔石〉を置いた。
『………………』
背中に『ギフト』を置かれて弱り切ったアブネラは、既に物言わぬ状態となっていた。そろそろ起爆する為、俺はその背中から降りて一気に離れる。
「哀れな神よ、次は、救われる存在となれば良いな」
暗い山道を駆け下りながら、そんな事を独り言ちる。
轟音と共に何かが砕け散る音が、夜の山に鳴り響いたのだった。
次回、エピローグです!
明日の21:37に投稿いたします!