第二〇七話「危機、そして俺は一人往く」
「これ、どう見ても平和の神じゃなくて、戦神じゃない?」
ミノリがどうでも良い事を呟く。そんな事を言っている場合かよ。
「スズは下がって頸か胴体を狙え! アイはスズの護衛だ!」
俺は咄嗟に指示を出し、末妹は直ぐに従ってアブネラから大きく距離を取った。スズは機動力が低いために狙われたら終わる。アイにその分カバーして貰わなければ危険だ。
「あたしたちは!?」
「腕を狙う!」
「届かないよ!?」
うん、まあそうだな。大剣持ちのミロスラーフは兎も角として、双剣のミノリだと届かないよな。
なので、一つの〈練魔石〉をミノリに手渡した。妹は慌てて右手の〈ペイル〉を地面に突き刺し、それを受け取る。
「リュージ兄、これは?」
「〈翼下の魔石〉だ。所有者は意のままに空中を駆ける事が出来る。空中に地面が在る事を思い浮かべるだけで良い」
俺は簡単にそう説明してから退がった。新作の〈練魔石〉なのでまだミノリは使った事が無いのだ。ぶっつけ本番となるのが申し訳無い。
「おい伯爵様、俺の分は無ぇのか」
「すまん、一個しか無いんだ」
俺とミノリが準備をしている間、アブネラと斬り結んで時間を稼いでくれていたミロスラーフには申し訳ないが、この魔石は試作品なのである。こんな事ならもっと作っておくべきではあったが。
「偉大なる魔術の神よ、その力の片鱗を我が手に、あの荒神を撃ち抜く鉄槌をください、〈ミョルニール〉」
スズの高等魔術がアブネラの顔面を叩き、神がよろめく。すかさず放たれたアイの棒手裏剣が、その赤い両目に突き刺さった。剣を持たぬ下の二本の腕で棒手裏剣を抜こうとしている間に、前衛二人のラッシュが腕を斬り裂いてゆく。
さて、俺は俺で仕事をする事にしよう。
「リュージの名において、何をも貫く刃と化せ、〈鋭利〉!」
前線で戦うミノリとミロスラーフの武器へ一時付与を行った後、マジックバッグを漁って有効な薬や爆弾を探す。
「〈榴弾〉……は広範囲だから危ない。〈ナパーム〉……も、効くかも知れないが、燃え盛った場合ミノリたちが危ない。となれば……氷結系か」
足元を凍結させられれば効果的だろうと考えた俺は、マジックバッグから氷結爆薬を取り出し、迷わず投擲した。瓶が割れ、猛烈な冷気がアブネラの右足を凍らせてゆく。これで動きを制限できる筈だ。
「上等だ伯爵様! 左足も頼む!」
「分かった、今――いや、何か来る、気を付けろ!」
二つ目の氷結爆薬を投擲しようとしたところで、アブネラが高々と右腕を掲げたのを見て、俺は前衛二人に警告を出した。一見して剣を叩き付けるようとしているような仕草だが、違う。何か別のアクションを起こすつもりだ。
「これは……マズい! 二人とも下がれ!」
俺たちを照らしていた唯一の明かりである月が一瞬で隠れた為、俺は腰に提げていた〈発光の魔石〉に強い魔力を籠めて前方へと投げ込みつつ叫んだ。直感的に危険な臭いを感じたのか、前衛二人も慌ててアブネラから大きく距離を取った。恐らく、これはエメラダと同じ――
さほど待つまでも無く、轟音と共にアブネラの剣へ雷が落ちた。かつてエメラダが魔人化した時と同じ行動だ。夜間だし、初見だったら気付かなかっただろう。危なかった。
だがこのままでは近寄れない。このまま攻撃すると、確か――
「この状態で直接攻撃すると、雷に打たれるんだっけ?」
「おいおいマジか、死ぬとこだったぜ」
ミノリの解説を聞いて、斬り掛かろうとしたミロスラーフが止まる。暫く待たないと雷の力が収まらないのだったか。
そうこうしている間に、アブネラが右の剣を逆手に持ち替えた。一番近いミノリまでも距離があるし、何かをするつもりなのだろう。
そして、アブネラは眼前の地面へと右の剣を思い切り突き刺した。衝撃で一瞬地面が揺れる。
「一体何を――」
と、考える暇も無かった。
俺たちは、地中から突き上げる超広範囲の爆発により吹き飛ばされ、宙を舞ったのだから。
「う……ぐぐ……」
自分の呻き声で目が覚めた。あちこちの骨が折れているのだろう、全身がバラバラになったような感覚がする。辺りには月明かりが戻っている。どうやらそれほど長い時間は眠っていなかったようだ。
皆は無事だろうか、アブネラはどうしているだろうか。そう思い痛む身体を押して周りを見回すと、全員が倒れ伏していた。あのミロスラーフでさえも。
「アブネラは……?」
暗い中目を凝らし、周りの音に注意を向けて探してみる。すると――南門とは逆の方向から、這いずるような音が聞こえる事に気付いた。
「……アブネラは、南へ向かっているのか」
俺は起き上がってマジックバッグからレーネ特製の回復薬を取り出し飲みながら、近くに居たアイとスズに近付いた。二人とも外傷はそれほど無いように見えるが、骨が折れたり頭を打っているかも知れない。
「……パパ?」
「アイ、起きてたか。回復薬だ、飲めるか?」
「うん……」
俺が回復薬を手渡すと、アイは顔を顰めながら身体を起こしてそれを飲み干した。直ぐに骨がくっ付いたりはしないだろうが――
「此処は、アイに任せる」
「……え、どう言う事?」
痛みを堪えながら南を見つめる俺を見て、アイが顔を強張らせた。何をするのか、分かっているのだろう。
「なに、あの神様を滅ぼしてくるだけだ」
「パパ、一人で行く気なの!? ……うぐっ!?」
大声が身体に響いたのか、アイは縮こまってしまう。俺はそれに声を掛ける事無く、南の方角へと歩き出した。
アイの自分を呼び止める声を背後へ置き去りにしながら、俺は足を引き摺り、アブネラを追い始めたのだった。
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