第二〇六話「真の姿は」
光が収まった後、そこに佇んでいたのは――青みがかった長い金髪、四本の腕を持つ青年だった。まるで〈魔晶〉によって変えられた魔人の姿だと思ったが、この姿が魔人のモデルなのか。
『……これは、我が仮初めの姿……?』
アブネラは呆然と自分の肉体を眺めている。素っ裸の為かアイが両手で顔を押さえている。ちなみに俺の妹たちは平気である。人並みに恥じらいを持って貰いたいとも思うが。
それにしても、仮初めの姿と言ったか。と言う事は、真の姿が有るってことか?
「気分はどうだ、神様」
呼び掛けた俺に、アブネラが視線を向ける。
『……まさか、其方が呪いを解いたと言うのか、人の子よ』
「ああ、シグムントの力を使って解いた」
暫し無言のアブネラだったが、その右掌を俺たちの方へと向ける。
やはり引く気は、無いと言うのか。
『退け。貴様には呪いを解いて貰ったとて、神々への恨みは変わらん』
「やっぱり、そうか」
まあ、そんなに甘くは無い訳だな。だったらだったで、予定通り〈神殺し〉を封じられたアブネラを倒すまでだ。
俺は杖を背後に投げ捨てる。〈神殺し〉が無い以上、〈フューレルの魔石〉が仕事をしてくれる筈だ。徒手空拳にさえなれば俺の本領を発揮出来る。
「偉大なる魔術の神よ、その力の片鱗を我が手に、そしてあの荒神を貫く力をください」
睨み合いの中、一人スズだけが高等魔術〈グングニール〉の詠唱を始める。牽制のつもりなのだろう。
「〈グングニール〉」
スズの杖から迸った光の槍が、違わずアブネラの胸へ向かう。――だが、あろう事かアブネラはそれを二本目の左手で掴み取り、消滅させた。
「嘘っ」
スズが珍しく驚きを露わにしている。高等魔術を消滅させるなど、一見〈神殺し〉に匹敵する力だが――
「ちぇぇぇい!」
その間に近付いていたミノリが、二本の魔剣、〈ペイル〉と〈ヤーダ〉で足元から斬り掛かる。そして上半身の方へはミロスラーフの大剣が襲い掛かった。見事なコンビネーションである。
『くっ!』
顔に焦りを見せながらアブネラがそれらを回避する。しかしミノリの〈ペイル〉とミロスラーフの大剣は蛇のように追い縋った。アブネラは辛うじて〈ペイル〉を避けられたものの、大剣は二本目の左手で受ける事になった。あの重そうな武器を手で受けるなど正気の沙汰では無く、文字通り手はすっぱりと切断されることになった。
「あっ」
スズは気付いたようだ。先程アブネラが〈グングニール〉を受けた手が、傷を負っていたことに。そのお陰でミロスラーフの大剣を受けきれなかったのだろう。
「どうやら、本当に〈神殺し〉は無くなっているようだな。いけるぞ」
確信した俺も前線に向かう。その間にミノリとミロスラーフの二人がラッシュを掛けるが、弱っていない部分は精々傷を負わせるのが関の山らしい。それでも、全身をズタズタにされているアブネラが有効打を与えられているのは分かる。
『調子に乗るな、人の子よ!』
怒りに吠えたアブネラの手が再生し、其処から発せられた瘴気がミロスラーフを襲う。が、スズから受けた傷はそのままのようだ。どうやら神の力を受けた傷は癒える事が無いらしい。
『がっ!?』
ミロスラーフの方へ注意が向いていたアブネラの両目に鉄の棒が突き刺さり悲鳴が上がる。これは――アイの棒手裏剣か!
「チェストォッ!」
瘴気から逃れる為にミロスラーフが離れたところで、代わって近付いた俺がアブネラの左肩に右の正拳突きを放つ。ごきり、という嫌な音が俺の拳から伝わると同時に、左肩は砕け散った。全身が魔核なので、斬撃よりも打撃が有効と言う事か。
「まだまだっ!」
ミノリが〈ペイル〉と〈ヤーダ〉の連撃で二本目の右腕を狙い、どうにか斬り飛ばす事に成功した。ミロスラーフも瘴気の無い背後へと何時の間にか回っており、大剣が狙うは――アブネラの頸だ。
「お覚悟願いますぜ、アブネラ様!」
力を溜めに溜めたミロスラーフの大剣が一気に振るわれ、アブネラの頸を斬り飛ばす。
頸と二本の腕を失ったアブネラは、ゆっくりと仰向けに倒れていった。神様と言うには、何とも呆気なかったが――
「やったか?」
「おいおい伯爵様、大抵そう言う時はやってないもんだぜ」
「あたしも、ミロスラーフに同意」
そんな軽口を叩きながら、慎重に頸の無いアブネラの死体……に見える物へ近付く。突然爆発したりはしないだろうが、いきなり起き上がる可能性はある。
「リュージ兄」
「なんだ、スズ」
何やらスズが呼び掛けてきたので、振り向かずアブネラに注意を向けたまま応える。末妹の言葉には、何処か戸惑いが混じっているような感があった。
「以前、アデリナがアブネラの腕を召喚したことがあったと聞いてる。その時、こんな小さい姿をしていた?」
「え……?」
俺は唐突に振られたその質問に、記憶を辿る。あれは確か――ザルツシュタットの訓練場で、アデリナがアブネラの腕を召喚したのだったな。
スズの言う通り、あの時は随分とデカかったような。腕の大きさから元の身体を推測すると、五メートルはあったように思える。
「……いや、もっと巨大だった」
目の前の頸の無い青年の死体は、俺よりも背が低い。どう考えても、あの時の腕とはスケールが違い過ぎる。
「なら、この姿は一体?」
「たぶん――」
と、スズが何かを言い掛けたところで目の前の死体が瘴気を発し始めた。俺を含む三人が慌てて飛び退く。
「おい、こりゃマズいぜ! 下がれ!」
ミロスラーフが警告し、俺たちは瘴気を浴びぬように急ぎ足で離れる。
瘴気はあれよあれよという間に膨れ上がっていき――巨大な人の形を取っていった。
「……おいおい、マジか」
俺は目の前に聳える巨大な人物を見上げ、呆然と呟いていた。
相変わらず四本の腕を持ち、金色に輝くその身体の大きさは先程の三倍位はあろうか。右上の腕、左上の腕にはそれぞれ剣を携えている。
そして――両の瞳だけが怪しく赤い光を放っており、その表情は怒りに歪んでいた。
「これがアブネラの、本当の姿って訳か」
こんな巨大な相手に、どう対抗すれば良いのか。
俺はただ、それだけに頭を巡らせていた。
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