第二〇四話「其処には救われない神の話が在った」
「砕く……って、どうすりゃ良いんだよ、刃も通らないんだぞ」
俺は触手を繰り出しているアブネラを見ながらスズに問う。いやスズに聞いても解決する問題じゃないんだが。
「力を失うまで使わせれば、たぶん柔らかくなる?」
「〈大金剛の魔石〉が保たねぇよ」
突っ込み所満載のスズの案に、俺は戦闘中にも関わらず脱力する。相手は神様が顕現してるんだぞ? どれだけの力を秘めているのか分からないのに攻撃を受け続けるなど正気の沙汰では無い。
『……が……くい……』
と、此方がアクションをしあぐねていると、何かの声が響いた。それと同時にアブネラの攻撃が止まる。
「これは……アブネラの声か?」
「たぶん?」
俺の推測にスズも追随する。もしアブネラの声なのであれば、この状況を打破する為の何かが分かるかも知れない。
声は段々とクリアになってゆく。耳に、では無く脳内に直接響いているようなその声は、嘆きと、そして怒りを孕んでいるように感じられた。
『憎い……。我を……エルムスカを……追放した……神が憎い……』
「…………………」
そうだった。アブネラは慈愛の神エルムスカを護ったが故に旧神から追放され、反逆し滅ぼした結果、新神から封印されたのだった。
しかし、今思えば不可解な事がある。エルムスカは何故追放されたのだろう? 下界の存在へ力を分け与えた事を旧神が由としなかったとはケチュア帝国で聞いたが、何故その行為が認められなかったのか。
「おっ、なんだおい、伯爵様」
「リュージ兄?」
ミロスラーフとミノリの間に進み、アブネラの前に対峙する。邪神は相変わらず怨嗟の声を放っていたが、俺の存在に気が付くと、ピタリと静かになった。
「平和の神アブネラよ、問いたい。何故慈愛の神エルムスカは、神々から追放された?」
『………………』
アブネラは暫しの間黙って俺を蛇の目で見つめていた。俺は蛙の気持ちでそれを受け止めながら言葉を待つ。
『……万物の力、それを扱うのが、神の力だ』
「は?」
突然始まった、まるで関係の無さそうなアブネラの話に、俺は思わず口からそんな声を漏らしてしまった。だが背後からスズに「黙って聞いて」と言われてしまった。すまん。
『その万物の力を、下界へと分け与えていたのがエルムスカだ。当然、スピノも、ムシャクも、他の神々もそれを受け入れなかった。何故ならば、エルムスカが与えているのは、彼等が管理している力でもあったのだ』
スピノ、ムシャク……と言うのは、旧神の名前だろうか。その神々がそれぞれ管理している力を、エルムスカは勝手に与えていたと言う事か。
『当時の神々は、個々がどれだけの力を有しているかを競い、天上へ力を集めていた。故に下界は疲弊していた。エルムスカはそれを嘆き、彼等の力を下界へ分け与えることにしたのだ』
「……当然、神々は反発し、エルムスカを止めたって訳か」
『そうだ。そして我等は呪われ、このような姿に堕とされた。だが、呪いの反動で〈神殺し〉を得た我が、文字通り神を殺したのだ』
禍々しい姿だと思っていたが、元からそうでは無かった訳か。何とも救われない話だ。だったらエルムスカを護り新神から封印された理由も分かる気がする。
だがそうなると、何故アブネラは地上に姿を現したのか。
「平和の神アブネラよ、何故貴方は顕現したんだ?」
教皇ルドルフが死んでしまった為に何故アブネラが顕現したのか理由は分からない。本人(本神?)に聞けば分かると思ったのだが――
『神の力を、根絶やしにする為だ』
「……それは、新神を奉ずる神殿や、信仰する人々を殺すと言う事か?」
『そうだ』
えぇ……、平和の神じゃないのか。いや、元々は平和の神だったのだろうが、捻じ曲がってしまったのだろう。
教皇は此処までアブネラが堕ちていたことを知っていたのだろうか。もしそうだとしたら、その上で他国を蹂躙することも理解していたのだろう。
「しかし、だとすれば俺たちを攻撃する理由は無いだろう?」
『何を言うか、憎き神の力を持つ人の子よ』
俺の質問に、アブネラは怒りの籠もった声で応える。あん? 神の力? いや、俺は確かにガキの頃はフューレルの神殿に通ってはいたが、今は特定の神を信仰しちゃいない。
と、アブネラの視線が俺の腰に向いているのに気付いた。おい、まさか。
「……これの事か?」
『そうだ』
腰に提げていた〈フューレルの魔石〉を見せると、アブネラは蛇の頭で頷いた。マジか。
「おい、そりゃ〈神殺し〉の力があると役に立たねぇんだろ? 捨てちまえ」
「そ、そりゃそうだが……」
ミロスラーフの言う事も一理あるのだが、ここで捨てた所で、アブネラが世界を蹂躙する事が分かっている。それは一時凌ぎにすらならない。
逡巡していた俺を、その口からちろりと舌を覗かせたアブネラが蛇の目を細めて睨み付ける。
『やはり神を奉ずる人の子か。ならば――』
その一言と共に、アブネラの殺気が膨れ上がった。口から漏れる瘴気は勢いを増し、左腕の触手の動きが速くなる。
最早、言葉を交わす事は出来ないんだろう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!