第二〇三話「ヤツの魔核は何処だ?」
俺たちが身構えている間に足を止めたアブネラが、触手の無い右腕で何か振りかぶるような体勢を取り、そして――何かを投げた。それと同時に、複数の何かが弾ける音や甲高い金属音が俺たちの周りで鳴り響き、土煙が上がる。
「がっ!?」
くぐもった二名分の悲鳴が聞こえた為振り向いて見ると――元グアン兵の二名は、全身を何かに貫かれた様子で、その場に頽れていた。
「おいっ!」
「無駄だ、死んでる」
慌てて駆け寄ろうとしたが、ちらりと背後を窺ったミロスラーフの一言で理解した。二人とも即死している。何が飛んで来たのかは分からないが、〈大金剛の魔石〉が無ければ俺たちも死んでいたのだろう。
「これは……小石に……弾丸?」
落ちていた何かを拾い上げてみると、それは〈大金剛の魔石〉の物理防壁で滅茶苦茶に変形してはいたが、錬金銃で飛ばす鉛の弾丸であることが分かった。いや、これは恐らく錬金銃ではなく〈銃〉で使用したものだろう。それを拾い上げ、アブネラが投げつけたのだ。
「えぇ……? 投擲能力だけで、〈銃〉と同等の威力があるの?」
ミノリが恐怖に声を震わせた。しかも複数の小石や弾丸を投げつけてこの威力だ。〈大金剛の魔石〉はまだまだ効果が切れないだろうが、攻撃を受け続けていたら分からない。早々にケリを付ける必要があるのだが――
「……神様に、普通の攻撃が効くのか?」
素朴な疑問である。生命を超越した存在に俺たちの攻撃が通用すると言うのか? ましてや、あの魔人や魔獣の親玉みたいな相手に。
「霊体じゃなくて実体を持ってるし、たぶん効くと思う。でも、それは『効く』だけであって、倒せるかどうかは分からない」
「魔核は有ると思うか?」
「有る筈。実体を持ってる以上、魔核が無いと動かない」
スズ先生の有難いご教示。成程、だったら錬金銃、いや、この距離だったら錬金長銃が有効か。
俺はマジックバッグから錬金長銃を取り出し、〈エルムスカの魔石〉で強化した〈鋭利〉の一時付与を行う。未だ町の中から出ないアブネラへの対抗手段は、今のとこ遠距離攻撃しか無い。
「スズ、魔術でアブネラの注意を逸らしてくれ」
「ん、了解。物理魔術を使う」
〈ライトニング〉のように直接魔力を放つのではなく、事象に干渉する物理魔術は魔人や魔獣にも効果が有る。とは言え、アブネラに効くかは分からんが。
「アイ、〈口寄せ〉でスズのサポートは出来るか?」
新神の力なら効かないが、サクラの地方神を喚び出す〈口寄せ〉ならば〈神殺し〉の影響を受けないと考えてのことだ。地方神は神ではなく精霊なので、恐らく大丈夫だろう。
「うん、分かった。風を操る〈テング〉を喚ぶから、スズお姉ちゃんはそれに合わせた魔術をお願い」
「ん、二人とも良い判断」
とかやっている間に、アブネラに動きがあった。どうやら投擲による攻撃が効かないと理解したようで、再び此方へ歩みを始めたのだ。
「門の下に来たら、上の壁石を落とす。アイは風で足止めお願い」
「分かった! ……来い! 〈テング〉!」
アイの〈口寄せ〉により、娘の頭上に鼻が長く赤い特徴的な仮面を付けた大男が喚び出された。昔この術を使った時は疲れて動けなくなっていたが、今はピンピンしている。成長したものだ。
そしてスズも詠唱を始める。これは念動系の物理魔術か。壁石を動かす為のものなのだろう。
俺も錬金長銃を構えて準備する。狙うはアブネラの左胸、魔核が有りそうな箇所だ。
「ミノリ、触手に備えろ」
「え? う、うん、分かった」
俺たち三人の攻撃準備が整ったところで、ミロスラーフがミノリに注意を促した。此奴が何かを感じ取ったのだから、アブネラが仕掛けてくるのだろうか。
「〈テング〉! あの化け物の足止めをして!」
アブネラが門の下に来た所で、どういう原理なのか俺たちの前方にだけ風が吹き荒れ始めた。普通の人であればまともに歩くこともままならないだろうが――左腕から触手が伸びて地面に突き刺さり、まるで第三、第四の足のように固定され、身体を支えて平然と歩き続けている。
「でも、動きは鈍くなった。――スズの手に合わせて揺れろ、〈シェイク〉」
スズが念動系物理魔術の〈シェイク〉を放ち、アブネラの頭上に有る壁石が落ち始める。ゴスンと凄い音がして邪神の首が折れ曲がり、流石によろめきたたらを踏む。
今しか無い、と考えた俺は引鉄を引いた。途中に阻む物も無く弾丸がアブネラの胸に命中し、固い物を破壊する音が鳴る。触手で足元を固定されていた分、強い衝撃が働いた筈だ。
だがしかし、アブネラは再び触手を地面に打ち込みながら歩みを進め始める。全く効果が無かった様子だった。
「失敗したか……? 手応えはあったんだが」
「そう簡単には倒せねぇって訳だな、来るぞ」
ミロスラーフの言葉通り、前衛二人に向かって数多の触手が飛び出す。が、敢え無くそれらは〈大金剛の魔石〉による物理障壁に阻まれる。
「せいっ!」
ミノリの斬撃が触手を迎え撃つ。だが、妙なことに妹の剣が当たった瞬間、まるで固い物に当たったような金属音が鳴り響いた。
「……いっ! かたっ!?」
手が痺れたのか、ミノリは少し下がって魔剣の〈ペイル〉を地面に突き刺して右手をぶらぶらさせている。あんなヤワそうな触手なのに、硬質なのか?
「物理障壁? ちがう。もしかして……」
スズがブツブツと呟いた後、何やら俺の知らない魔術の詠唱を始めた。これは……探索系の魔術か?
「……リュージ兄、錬金銃は無駄かも知れない」
何かの魔術を行使した後、眉を顰めてスズはそう言った。どう言う事だ?
「あれは、身体のすべてが魔核。触手も含めて」
「は?」
スズの言葉を理解するまで三秒位掛かった。
身体全体が、魔核? それはつまり――
「全身を砕かないと、アレは止まらない」
何とも無茶なオーダーを言ってきた末妹に、俺は軽く眩暈を覚えたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!