第二〇一話「敵将は教皇、だが――」
手薄な東側のロマノフ兵たちをスズの魔術で無力化し、アイを先頭に俺たちは町へと侵入した。
このまま真っ直ぐ行けば件の祭壇へと辿り着くのだろうが、生憎その道は敵が多い。そんな訳で俺たちは曲がりくねった道を進んで行く。時折見掛けた兵たちは隠れてやり過ごすなり無力化するなりして、只管中心に向かって進む。
「敵が多いな」
「ったく、数だけは多いんだよロマノフ兵は」
「まあ殆どは元グアン兵だけどな」
ミロスラーフとそんな愚痴を交わしながら、進む、進む。
「……止まって、みんな」
小路の出口に差し掛かったところで、アイが小声で皆を制止する。何やら話し声が聞こえてきた。ロマノフ兵たちのものか。
「教皇猊下は何をお考えなのか……。この町の働き手を〈魔晶〉化してしまうと、生産性も価値も無くなってしまうというのに」
「ああ、短期で考えれば兵站へ回せる分が増えるが、長い目で見た時にこの町は死ぬ。何とかしてお考え直し頂けないか……」
「側近のお二人がいらっしゃった頃はお止めくださっていたが、エメラダ殿は殉死、ミロスラーフ殿は出奔なさってしまったからな……。いよいよもって、我等が組織も皇帝陛下から見限られるかも知れん」
………………。
思わずミロスラーフの方を振り返ったら、素知らぬ顔で耳をほじっていた。
「お、お前、出奔してたの?」
「さぁ……? 記憶に無ぇなぁ……」
あくまでしらばっくれているが、他ならぬ組織の構成員らしき者たちが語っていたのである。真実なのだろう。
「だったらだったで言えよ! 捕虜から身分を戻すなり何なり、もうちょっと何とか出来ただろうが!」
「うっせ! 俺ァルドルフの野郎でもう面倒な仕事は懲り懲りだったんだよ! 適当に暴れられりゃそれで良かったんだよ!」
思わず噛み付いてしまい、ミロスラーフと口論を繰り広げる俺。妹たちの視線が痛いが言わずにいられない。
「ちょ、ちょっとパパたち! 静かにして!」
「おい! そこに誰か居るのか!?」
アイの制止とロマノフ兵の誰何で我に返る俺たち。やべ。
「このまま全員動かないでくれ、俺が何とかする!」
俺は慌てて小声で皆にそう言い聞かせ、腰の魔石の一つに魔力を籠めた。そして小路の向こうからロマノフ兵が姿を現す。
「……んん? 誰も居ない……奥へ行ったか!? おい、追うぞ!」
ロマノフ兵たちは俺たちの姿に気付かず、小路の反対側へと走り去って行った。取り敢えずはやり過ごせたようだ。
「パパ、何をしたの?」
「幻惑を見せる〈アウレレの魔石〉を使った。奴等には誰も居ない小路にしか見えていなかった筈だ」
ほっと胸を撫で下ろしつつ尋ねるアイに、俺は『ギフト』の一つである〈アウレレの魔石〉を見せた。ギリギリでこの魔石が有用であることに気付いて良かった。
と、俺の腰をちょんちょんと突く誰かが居る。振り返って見たらスズだった。
「なんだ?」
そう問うてみたが、末妹は無表情ながら何処か呆れたような雰囲気を見せている。俺、何かやっただろうか。
「……リュージ兄。最初からそれ使っていれば、堂々と大通りから祭壇まで行けたんじゃ?」
「…………あ」
皆の視線が自分へ突き刺さるのが分かり、俺はデカい図体を萎縮させたのだった。
改めて〈アウレレの魔石〉を使って町の中心まで進む。グアン兵の数は多いが俺たちに気付くことは無い。ミロスラーフの重鎧を含め音も全く鳴らないが、これはスズの消音魔術、〈サイレンス〉によるものだ。
やがて中心部に到着すると、其処にはアイの言っていた通りに大型の祭壇が北側を向いて建てられていた。懲らされた意匠はケチュア帝国の港町〈チュパ〉で見慣れたアブネラ信仰のものだ。
そして、祭壇の前では祭服を着た司教らしき人物が祈りを捧げている。……いや、司教ではない。恐らく此奴が――
「……おや? 新神共の臭いがするな?」
その人物――〈グアレルト〉の教皇ルドルフは、何かに気付いたように祈りを止め、俺たちが居る東側の方を向いた。
「〈神殺し〉が発動すると〈アウレレの魔石〉も効果を失う。ミノリとミロスラーフで一気に叩くぞ。アイはスズを守ってくれ。俺も此処から援護する」
俺の言葉に、皆が頷く。
教皇ルドルフ目掛け、ミノリとミロスラーフは駆け出した。途端に幻惑の効果が消え失せるが、二人の勢いは止まらない。
俺はその間にマジックバッグから錬金銃を取り出す。狙うは勿論――教皇の額だ。
「にゃっ!?」
「ぐぉっ!?」
ミノリとミロスラーフの悲鳴が聞こえたかと思うと、何かにぶつかり跳ね飛ばされた様子だった。恐らく、教皇の魔術防壁だろう。高みの見物とばかりに教皇が嘲笑っている。
だが、そんなものはフェロンの時に経験済みだ。だから俺は錬金銃を手にしている。
「喰らえ」
短くそう言い放ち、俺は引鉄を引いた。そして――呆気なく、教皇ルドルフの額は撃ち抜かれ、その身体が仰け反る。大将首を取られた衝撃に、周りのざわめきがピタリと止んだ。
「……あん? 此奴は……なんだ?」
ミロスラーフが、周りの異様な雰囲気に逸早く気付いた。俺も一拍遅れ、気付いた。
違う、これは――別にショックで沈黙が訪れた訳じゃない。
見れば、周りの兵たちから光り輝く何かが祭壇の方へと集まってゆく。これは恐らく、レーネの村でエメラダがやった事と同じだ。と言う事は――
「〈魔晶〉化か! 皆、町の外へ逃げるぞ!」
俺は直ぐにスズの腰を引っ掴み、南門の方へと駆け出した。
最早俺たちを止める者は居ない。皆――既に死んでいるのだから。
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