第二〇話「思いがけぬ再会、そしてそのお方は……」
「お待たせ、ミノリ。退屈だったろ」
「ううん、色々商工ギルドの見学をさせて貰ったし、退屈じゃなかったよ」
待たせていた筈のミノリは、暇そうにしていたギルド職員を捕まえてそんなことをしていたらしい。「剣士でも知識は無駄にならないので、知ることに貪欲になれ」というのは『先生』の言葉だ。体現していたんだろう。
俺たちは商工ギルドを出ると、日の傾き始めた街の大通りを、新居のある郊外へと歩き始めた。今日はミノリに泊まっていって貰うか。
「そう言えば、さっき来る時は聞く暇が無かったが……スズは一緒に来なかったのか?」
「あー、スズはね。まだ借りてる魔術書が読み終わってないから、後で来るって言ってた」
「そうなのか」
魔術書が理由だと言うのは、何ともスズらしい。そこまで勉強熱心だからこそ、大陸でも最年少で第二等の冒険者となっている訳なのだが。
「そうだ、一応聞いておくが、ミノリは今日ウチに泊まっていくんだろ?」
「へ? なんで?」
当然のように聞いてしまったが、首を傾げ逆に尋ねられる俺。あれ、違うのか。
「あれ? ならミノリは今晩どうするんだ? このまま俺たちの工房に行ったら、夕方になっちまうぞ?」
「うん、そうだけど?」
幾らミノリが凄腕の剣士とは言え、年頃の少女が夜道を一人で歩くなとは常日頃から言っている訳だが、何故だか妹は困惑した様子で頷いている。
……なんだか、話が噛み合っていないような。
「……あ、分かりました」
ぽん、と手を叩いたのはレーネ。この話の流れに第三者からしか分からない意味があったというのだろうか?
「ミノリはつまり、工房に住む、と言いたいんでしょう?」
「うん、そうだよ?」
「え」
レーネの確認に、当たり前だとばかりに頷くミノリ。俺はと言うと、間抜けな声を上げてしまった。
「お、おいおいミノリ、本気か?」
「本気だけど? あ、ごめん。もしかして二人の愛の巣だった? それならあたしはお邪魔だから、今後は宿に泊まるけど今晩だけは――」
「違う、そうじゃない」
何やら誤解を始めたミノリを慌てて止める。この手の話には免疫が無いのか、レーネは顔を真っ赤にして俯いてしまった。どうしてこんな話になった?
「そうじゃなくて、ミノリ、お前まさか冒険者としてこの街に留まるつもりなのか?」
「うん、そうだよ?」
再び「何言ってんのリュージ兄」みたいな顔で言われてしまった。
つまり話を纏めると、ミノリはベッヘマーからザルツシュタットに異動し、ここで冒険者として活動していく、らしい。
「スズもそのつもりだしね。リュージ兄の居場所があたしたちの居場所、ってこと!」
「……そうか」
若き第二等冒険者がこんな寂れ始めている街を選ばずとも良いだろうに。まったく、ブラコンにも程がある妹たちだ。少しは兄離れをして欲しいものだが。
「あれ? リュージさん、顔がにやけてますよ?」
「ホントだー! リュージ兄、あたしたちが居てくれて嬉しい!?」
「……やかましい」
五月蠅いレーネとミノリにからかわれながら、俺は足早に自宅へと向かうことにしたのだった。
自宅に着いた俺たちは、早々にミノリが使う部屋を割り当ててから一緒にラナたちの様子を見に行くことにした。新しい住人、ということでミノリを紹介しなければならないしな。
「ベッドは今のところ二つしか無いからな、申し訳ないが、暫くはレーネとミノリで一つのベッドを使ってくれないか?」
幸いにして前の住人が残してくれたベッドは二つとも大きい。レーネとミノリ、二人で一緒に寝たとしても問題無い大きさだ。
「いやいや、レーネはリュージ兄に託しますよ。二人の愛を邪魔したくは無いですし――あ痛っ!」
俺は馬鹿なことを言っているミノリの頭上へと、軽く拳固を振り下ろしてやった。何やら「家庭内暴力だー」と文句を垂れているが、無視しておこう。
「ラナ、レナ。リュージだ。帰ってきたぞ」
俺は隣家の玄関のドアを軽くノックして、この家の小さな主人たちを呼んだ。
「ああ、ごめんなさい。今開けさせますね」
ところが返ってきた声はラナたちのものではない少女の声。
――だが、聞いたことのある声だった。
がちゃりという音と共に開けられた玄関のドアの向こうに居たのは――
「……ディートリヒさん?」
「はい」
俺たちが予想だにしていなかった人物は、俺の確認に軽く会釈をするように頷いた。
そこに居たのは……俺とレーネがザルツシュタットへ向かう道の途中、盗賊から助けた一行の一人、若き騎士のディートリヒさんだった。
そして、玄関の奥に続く台所付きの小さなダイニングでは、一心不乱に晩ご飯らしきものを食べているラナとレナの他に、一人の長いピンクゴールドの髪を持つ少女が、椅子に腰掛けこちらを向き座っていた。
「ごきげんよう。お待ちしておりました、お二人とも」
立ち上がった少女は、軽く膝を折り曲げてそう挨拶した。ディートリヒさんも胸の前に手を当て、こちらに向かって頭を下げる。俺たちも慌てて頭を下げた。
……ああ、分かった。
この少女は、あの時ディートリヒさんたちに護られていた人物か。
「ええと……これは一体?」
レーネが代表して困惑の声を上げると、ディートリヒさんはちらりと背後の少女に視線を向ける。
「先日は名乗ることも出来ずに申し訳御座いませんでした、リュージさん、レーネさん」
ディートリヒさんの合図を受け、少女が自己紹介を始める。
「わたくしはツェツィーリエ・ライフアイゼン・フォン・バイシュタイン。この国の第一王女です。本日はお二人に依頼がありまして、ここまで足を運ばせて頂きました」
御自らのとんでもない身分を明かしたツェツィーリエ様は、俺たちの驚愕を他所に、そう言ってにっこりと微笑んで見せたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!