第二話「俺と同じ被害者の彼女が、そこには居た」
冒険者ギルドに併設されている酒場スペースで、俺はぼうっとこれからのことを考えていた。
「さて、どうしたものか……」
パーティを追放されてしまった以上、この町には居辛い。いっそのこと何処か新天地へ向かうとするか? そこで店でもやった方が生活していく上では楽だが――
「先立つものはあるにはあるが、商売の基礎を学ぶべきか。流石にそこまでは『先生』は教えてくれなかったしな……」
俺、ミノリ、スズの三人を拾って三年間生きる術を教えてくれた『先生』は、六年前に何処かへ旅立ってしまった。多くを学んだものの、商人としての基本はプログラムに無かった覚えがある。
「まあ、考えていても仕方ない。まずは伝手を作る所からだな。そうと決まれば……ん?」
「だからさぁ、アタシはもうアンタとは組まないって言ってるの」
「そ、そんな! どうして!?」
俺は早速行動を起こすため無駄にデカい身体を立ち上がらせようとした所、二つ隣のテーブルに座る女性同士の会話が気になり、再び腰を落とした。
アレは確か……〈アンジェラ〉とかいう二人組のパーティだったか? ヤスリを手に爪を手入れしている、紫色の髪を腰まで流す高慢な方が第二等冒険者の神官、もう一人のテーブルに両手を突いている、ウェーブの掛かった萌葱色の長い髪を持つエルフが第三等冒険者の錬金術師、だった筈。名前は――
「だってさぁレーネ、アタシとアンタじゃ正直第二等の依頼受けるの厳しいのよ。アンタって基本は薬作ってるじゃなぁい? その間アタシ、一人で依頼やらなきゃいけないでしょぉ?」
「それは……だって……、マリエと二人でお仕事へ行く時には、私、お薬とか持ってないと役に立たないし……」
痛いところを突かれて言い返すことが出来ないのか、レーネというエルフの言葉が窄んでいく。
……どうやら、彼女も俺と同じく追放の憂き目に遭っているらしい。なんだよ、流行ってるのか?
「そう! そこなのよぉ!」
マリエは何故か嬉しそうな表情でヤスリを置いてから、パン、と手を叩き、そして対照的に泣きそうになっているレーネへ顔を近づけた。
「アンタ、やっと自分が役立たずって気付いたのねぇ」
声こそ聞こえなかったものの、悪意に満ちた顔のマリエがレーネの耳元でそう囁いたのは口の動きで分かった。レーネの方はと言うと、ショックで目を見開いている。
「だってさぁ、アンタが力不足なのを補って薬を使って、その材料費でお金が掛かってたらアタシたちの儲けが無くなるじゃない? 馬鹿馬鹿しいのよ、ホントに」
「じゃ……じゃあ、マリエは、これから、どうするの? 私は攻撃用のお薬だって作れるんだよ?」
それで話は終わり、とばかりに立ち上がったマリエに縋るレーネ。神官なのだから一人ではやっていけないだろう、と暗に留めようとしているのだ。
だが、現実は厳しい。マリエはにんまりと笑みを浮かべたかと思うと、そのままレーネから背を向け、ひらひらと背後に手を振って見せた。
「アタシはもう、〈ベルセルク〉に入ることが決まってるの。だからアンタは邪魔。じゃあね」
「………………」
……そうか、大体話は飲み込めてきたぞ。
見ての通り金に汚いマリエのことだ。〈ベルセルク〉入りをガイに打診したが、マリエにとっては取り分が少なくなるので、ならば丁度ガイにとっては邪魔な俺を追放しようと二人の間で利害が一致したのか。しかし俺が抜けると魔石販売分の金が入ってこないんだが、それについて理解していないのか、アイツらは。
余りにも自分勝手な言い分に絶句してしまったレーネは、それ以上マリエにかける言葉が見つからなかったようで、肩を落とし項垂れてしまったのだった。
「……ここ、相席良いか?」
マリエが冒険者ギルドを出て行った所を見届けて、すぐに俺はジョッキを手に立ち上がり、テーブルに涙の雨を降らせているエルフに向けてそう声を掛けた。
「……え? あ、貴方は、〈ベルセルク〉の――」
遙か頭上にある俺の顔を見上げながらそこまで言いかけた所で、レーネの俺に対する視線が一気に険しくなった。まあ、相方を奪って行ったギルドのメンバーだ。そんな表情にもなろう。
でも、俺は生憎既にそのギルドとは縁が切られている。
「残念ながら、俺はついさっき〈ベルセルク〉から追放された身だ。レーネさんと似たような理由で。だからそんな顔はしないでくれよ」
「えっ……?」
涙に濡れた顔を呆けさせるレーネの正面の椅子に、ドカッと腰掛ける。酒場の椅子は安物だが、体重が一〇〇キロある俺が勢いよく座った程度では壊れないことを知っているので気にしない。
「改めて自己紹介。元〈ベルセルク〉のリュージだ。二一歳。等級は第三等。付与術師をやっている。よろしく」
「あ……はい……。錬金術師のレーネです……。等級は同じく第三等の、一九歳です……。パーティは今し方、解散しました……」
力無い言葉で、レーネはそう返した。一九歳か。長命なエルフなのにその歳で冒険者というのは珍しいだろう。何か事情があるのだろうか――と、いうのは、今は関係無いか。
「まあ、取り敢えず涙を拭いてくれ。追放された同士だしな。色々鬱憤もあるだろうし今は飲もうぜ」
「あ、私は未成年なのでお酒は……。でも、そうですね、ご一緒します」
ハンカチで顔の涙を拭きながら、ちらちらとこちらを見つつ答えるレーネ。怪訝に思っているのかも知れないけど、同じ境遇なのだから放ってはおけないしな。
次回は一〇分後の20:57に投稿いたします!