第一九話「感謝されるのは悪くない」
魔核の確認が終わり、レーネの書いた報告書と照らし合わせて虚偽も無いと判断されたので、上乗せされた依頼料を受け取った俺たちは早々に冒険者ギルドを出てもう一つの依頼元である商工ギルドへと向かっていた。
俺たちがアンネさんたち職員の確認を待っている間、第二等の冒険者を物珍しそうに見ていた先程の冒険者たちも、気を遣って話しかけずに居てくれた。空気の読める奴等だ。約束通り今度一緒に飲みながら話でもするか。
「ミノリ、知っているとは思うがこちら元〈アンジェラ〉のレーネ、錬金術師だ」
「どうも、ミノリさん。初めましてではないですよね」
商工ギルドへの道すがら、ミノリに新しい相棒の紹介をしておいた。にっこりとミノリへ微笑むレーネだが、まだ〈アンジェラ〉の名前を出した時に固まっていた辺り、そう簡単にトラウマは拭えないらしい。
「うん、一度一緒に依頼をこなしたことはあったよね。あたしのことはミノリで良いよ」
「あ、じゃあ、私もレーネで」
ミノリから差し出された手を、レーネが握り返す。そう言えば一緒に依頼もこなしたことがあったと聞いたことはある。俺はその時参加していなかったが。
「リュージ兄の手紙に書いてあった『知り合った錬金術師』って、レーネのことだったんだね」
「ああ、レーネも俺と同じくパーティから追放されたんだよ。意気投合してその日にザルツシュタット行きを決めた」
「相変わらず行動早いね、リュージ兄は……」
呆れられてしまったが、二人で傷を舐め合い腐っていても仕方ないからな。
「思い立ったら慎重かつ大胆に即行動、ってのは『先生』の言葉だろ?」
「そりゃそうだけどさ、レーネも巻き込んでるんだから。ごめんね、強引な兄貴で」
兄の不始末をお詫びします、とばかりにミノリがレーネに向かって頭を下げる。小柄な身体が更に小さく見える。
「ううん、私も助かったし、気にしないで」
「そうだぞミノリ、気にするんじゃない」
「リュージ兄が言うなっ」
そんな風に談笑をしながら、冒険者ギルドからそう遠くない商工ギルドへはすぐに到着した。
「おや、リュージさんにレーネさん、こんにちは」
「トールさん、こんにちは」
商工ギルドに出向している、俺たち二人に賃貸物件を紹介してくれたお役人のトールさんが受付窓口に居た。受付業務まで兼務しているのか、この人は。
「リュージさん、レーネさん、ありがとうございます」
藪から棒に、いきなりトールさんから感謝された。一体何のことだか思いつかない俺たちは、顔を見合わせる。
「何のことです?」
「ラナちゃんたちのことですよ」
不思議そうに尋ねたレーネに、トールさんは顔を綻ばせて答えた。ああ、そのことか。
「でも、一体どうしてラナちゃんたちの畑はあんなに生育が良くなったんですか?」
「秘密です。付与術と錬金術の為せる業とでも言っておきます」
あの魔石の秘密がバレたら盗まれかねないからな。ラナたちにも絶対に口外するなと固く口止めをしておいたのだ。万が一バレても魔石を奪われないよう、二人の知らない場所に埋め直しておいた。
まあ、魔力感知が出来れば見つかってしまうのだが、その辺はゴーレムを増やして新たに魔石を護るよう命令しておいた。ゴーレムも付与術で強化してあるし、そうそう負けないだろう。
「そうなんですね……、まさか、付与術と錬金術で彼女たちの台所事情が解決するなんて思いませんでしたよ。獣避けにゴーレムまで創って貰ってますし、ラナちゃんたちは安定した流通元として商工ギルドのお得意様になるでしょうね」
「まあ、ラナたちが腹を空かせないように俺たちに出来ることをやっただけですよ、なあ?」
「はい!」
レーネも感謝されていることが嬉しいらしく、同意を求めると喜びを隠せぬ様子で頷いた。役立たずと追放された俺たちが、こうして誰かの役に立っていると自覚できることほど嬉しい事は無い。
……とは言え、少し不安はある。ラナたちの畑だけ生育が良くなっている反面、他の農家の畑はどうかというと、全く影響が無かったようで。
種を蒔いてから一日で収穫出来る畑があったら、他の農家にとってはたまったもんじゃないだろうからな。何とかしないといけないかも知れない。
「あ、すみません、私情のことを話してしまって。本日はどのような御用向きですか?」
「ああ、商工ギルドからベルン鉱山の調査を請け負っていたので、その結果報告に。かなり良い情報が伝えられますよ」
「そうなんですね! 担当者をお呼びしますので少々お待ちを!」
先日とは比べものにならぬ位に活き活きとした様子で、トールさんは鉱山の担当者を呼びに行った。
その後、大地震の影響でベルン鉱山に大きな鉱脈が現れていることを作り直した地図と一緒に担当者へ説明すると、大きな発見だと言われ、期待していた金一封は確認の後に頂くことが出来る事になった。
金一封の内容こそ些細なものだったけれども、この情報が確かならば再び採鉱が行われるようになると聞けたのが一番の収穫だった。これで〈無の魔石〉の確保が出来るようになるかも知れない。
次回は明日の21:37に投稿いたします!