第一七話「付与術と錬金術は似ているのだよレーネ君」
迫る冷気から上へ逃げること一分程度。俺の予想していた通りに道は別の出口に通じており、俺たちは山の中腹に顔を出していた。数時間ぶりに拝んだ太陽の光が眩しい。
「えぇ……? こっちにも出入り口があったんですね……」
体力はそれほど無いレーネが息を切らせつつ驚いている。前から思っていたが、このエルフは運動が苦手なようだな。そのうち体術でも教えて鍛えてやるか。
「光も見えりゃ風も吹いてたしでもしやと思ったが、やっぱり地震でこちらに繋がっていたという訳か。硫黄の臭いがするな。火山が近いのか?」
「そうですね、バイシュタイン王国南部は火山が多いですから。だから大地震もあったんでしょう」
火山地域と地震には関係があるらしいからな。俺の故郷サクラもそうだった。
「それにしても、リュージさん。先程の冷気は何だったんですか?」
呼吸の落ち着いたレーネが、興味津々とばかりに尋ねてきた。この辺の反応は魔術師というか、職人というか。らしい反応と言って良いな。
「アレはベッヘマーで俺たちがザルツシュタット行きを決めた時に見せた〈酷寒の魔石〉の力だ。発動させれば光と共に強い冷気で凍死させることが出来る、まあ地味だが滅茶苦茶強い付与がされた魔石だ」
一度発動させれば周囲数十メートルを凍結させる、俺の虎の子その二だ。もう使ったので力を失ってしまったが。
「〈酷寒〉……ですか。純粋な魔力によるものであれば、ゴブリンヒーローには効かないのではないですか?」
「ああ、レーネ。それはたぶん付与術を誤解している」
付与術は確かに魔術によるものだが、その力は自然の摂理に訴えかけて引き起こすものだ。どちらかと言うと魔術より自然の力を応用した技術、と言った方が良い。
あの〈酷寒の魔石〉については日頃から周りの自然の力を貯め込み、作成から時間が経つほどに放つ冷気の量が多くなる。さっき使ったものに至っては一年以上前に作ったものだ。効果の程は推して知るべし、である。
そしてこういった『発動型』の魔石は〈金剛の魔石〉のような『持続型』と違い、一度使えば力を失うものの、再び自然の力を貯め込めば使用できるようになる。
そんなことを説明してあげると、レーネは興味深そうにぴょこぴょこと長い耳を動かした。可愛い。
「そうなんですね……、魔術の一端でありながら自然の力を使う……。錬金術と似ているかも……」
「そうだろ?」
錬金術も魔術の一端でありながら、その実態は材料の力に寄るところが大きい。付与術も錬金術も、あくまで魔力は力を呼び起こす媒介に過ぎないのだ。
「さて、そろそろ戻るか。残ったゴブリン共を駆逐しないと」
「え、中は氷漬けになっているんじゃないんですか? 今行ったら、私たちも凍死しちゃうような」
不安げにそう零すレーネに、俺は一つの魔石を手渡した。
「これは?」
「〈常温の魔石〉。持っている限り自分の体温を適切に守ってくれる。ゴブリンヒーローが死んでいるのを確認したら、〈熱波の魔石〉で逆に冷気を散らしてしまおう」
「錬金術師並に色々と便利なものをお持ちなんですね……」
何処か呆れた様子で、大きな溜息を吐いたレーネであった。
広間に戻ったら、やはりと言うか何というかゴブリンヒーローは力尽きていた。仮死状態になっていたら温度を戻した時に復活しかねないので、首飾りを外して〈アンチ・マジック〉の効果を除去してから魔術でしっかりとトドメを刺しておく。
坑内の温度を戻し、ゴブリン共の死体から文字通りに魔物の核である魔核を回収していく。死体は……まあ、運びようも無いので今のところは放置しておくしか無い。ここが山の上の廃坑でかつまだ春先なので、すぐには腐らない……とは思うが。
その後残党のゴブリンもすべて片付け、坑内も隅々まで探索し終えた。そうして崩落して通れなくなっている箇所や新たな道なども含めたマッピングが完了したのは翌日の夕方であった。
次回は一〇分後の23:27に投稿いたします!